くて遠い2DK (前編)




こんなにも近いのに、手を伸ばしても届かない―




初恋は実らないなんて誰が言ったのだろう。
アパートの窓から夕暮れの町を寄り添いあって歩くカップルを見遣りながら、キラはぼんやりと考えていた。 以前はアツアツというよりも熟年の風格を漂わせるトールとミリアリアのカップルにすら嫉妬を覚えたりもしたキラであったが、現在はこうして往来でいちゃつくカップルを目にしてもなお穏やかな気分である。なぜなら、今はこうして一人でいる時でさえ、心にはいつも愛しい人が居てくれるから。
ほんの数ヶ月前まで、自分がこんな気持ちで恋人の帰りを待つ時間が来るなんて、キラには考える事すら出来なかった。思い返せば自分達は、恋人は愚か寧ろ知人レベルでさえ絶望的なまでに関係が崩れようとしていたのだ。愚かな自分は愛しい人の手を振り切っておきながら、その孤独と疎外感に身を苛まれ、いつしかすっかり荒みきってしまっていた。そんなキラが想いを実らせる事が出来たのはひとえに想い人の努力と忍耐とのおかげである。
そうやって考えると、やはり初恋の実る率はかなり低いのかもしれない。
とはいえ、そんな苦労も過ぎてしまえば過去の話。今はそんな逆境をも乗り越えて手に入れた恋人だからこそ愛おしさもひとしおと思えるくらいなのだから、人とは現金な生き物である。
過去、といってもそれは遠い話ではない。地球連合とザフトの間の戦争が多大な犠牲を出しながらも休戦という形で一応の終結を見せたのはつい先日の事だった。そしてキラとアスランはそんな終戦の混乱の最中、ついに積年の想いを交し合う事ができたのである。
しかし、戦争が終わったとは言っても、ナチュラルとコーディネーターとの間の溝はそう簡単にうまるわけではない。戦時中にそれなりに階級の上がってしまったキラやアスランは再戦防止のために相変わらず多忙な毎日を送っていた。
いくら戦争をしていたとはいえ一度は命を掛けて刃を向けた相手。アスランとの崩れかけた友情を埋めるべく、地道に友好を深めようと思っていたキラであったが、終戦早々忙しさでロクに会う機会はない。おまけにやっと会えたと思っても、必ずといって良いほど邪魔が入るのが常だった。

「じゃ、一緒に住んじまえばいいんじゃないか?」

えらく深刻に悩む部下を哀れに思って掛けられた何気ない上司の一言であったが、キラの心を揺さぶるのには十分だった。
そして思い立ったが吉日、とばかりにキラは早速にアスランの元へ赴いた。
かくして、キラ・ヤマトとアスラン・ザラはめでたく同棲と相成ったのである。

新居は寝室と居間と簡易キッチンというシンプルなアパートだった。もとはそれなりに良い家のお坊ちゃんな二人であったが、軍の共同生活にすっかり慣れてしまっている彼等には十分過ぎるほどの住まいであった。 何より二人には同棲と言えば狭い部屋での貧乏生活というイメージがある。
そんな期待いっぱいの同棲生活だったが、久々の休日に行った引越し当日は日頃の疲れもあり、一日荷物を運ぶだけでへとへとになって早々に休んでしまった。そしてその後は朝から晩まで仕事三昧。朝は低血圧なアスランとは殆どまともな会話も交わすことなくお互い勤務地へと向かうという有様であった。
だからたまには想い人とともに仲睦まじく過ごしたい、とアスランの帰りを待ち望んで窓の外まで眺めてしまうキラの行動も無理はないだろう。
それなのに、だ。
プルルルル・・・・。
流れてきた通信音にキラは顔を上げた。

「キラ?」

声の主はキラが心待ちにする想い人であった。

「アスラン、今何処にいるの?」
「まだ軍の方にいるけど、キラはもう家なのか?」

家、という響きにちょっと感動してみたりするキラであったが、すぐに我に返った。
先程からキラは窓から往来を眺めるくらいにはアスランを待ち焦がれているのだ。
「あぁ、とっくだよ。アスランはあとどれくらいで帰れる?」
「それが、仕事は終わったんだが、帰ろうと思ったら急に隊長に呼び出されてしまって」
「え?」
「急ぎの用事らしくて、悪いけど夕食は先に食べててくれないか?」
「待ってるよ」
「・・・いや、でも・・・」

アスランは歯切れ悪く言った。

「それが、隊長が急に呼び出したお詫びに夕飯を奢ってくださるというものだから」

余計なマネを、と思ったがアスランにとっては逆らえない上司である。

「うん、わかった」

キラは一人、もといトリィとともに、簡素な食事を取る羽目になった。結局疲れ果てたアスランが帰ってきたのはすっかり夜も更けた時刻であった。



***



同棲して一週間。
自分達を同棲、と表現するのは間違っていると思い始めたキラである。
寧ろ「相部屋」とでもいうべきだろう。
相変わらずアスランは忙しいし(勿論キラもそれなりに)、折角アスランが早く帰ってきた日に限って今度はキラが忙しかったりする。二人は相変わらずすれ違ってばかりだった。
その上、共に家に居ても甘い雰囲気作りは難しかった。
昨日も不意に生じた甘い雰囲気に乗じてキスでも仕掛けようとした矢先、突然の通信音に阻まれた。
相手はアスランの同僚、イザーク・ジュール。アスランは大して仲良くもないと言うが、下らない事でしょっちゅう通信してくる。それはイザークに限らず、ニコルにしてもディアッカにしてもなのだから、ザフト軍の連絡網は皆アスランに繋がっているのではないかと思わずにはいられない程だ。
そんな生活の中、ようやくキラの待ち望んだ休日がやってきた。
・・・・のだが。

「おはようございます!」

朝も早くからインターフォンが鳴ったかと思えば、現れたのはアスランの同僚、ニコルであった。

「アスランはまだ起きてませんよね。あの、これ朝御飯に持ってきたんです」

そういうとニコルは小さな包みを取り出した。

「アスランが急に寮を出るなんていうから心配で」

アスランは放っておくと食べずに機械いじりしてるから、なんて自分の知らないザフトでのアスランを笑顔で語るニコルにキラは顔を顰めた。折角の休みに早朝から起こされた上、こんな話を聞かされるのは非常に癪である。

「あれ、・・・ニコル?」

玄関での物音に気が付いたのか、寝ぼけ眼のアスランも起きてきた。

「起こしてしまいましたか?ちゃんと食べているか心配で朝ご飯を持ってきたんですけど、お休みの所すみませんでした」
「いや、わざわざありがとう」

ほんのちょっとしょぼんとしたニコルにアスランは微笑んだ。

「アスラン、取り敢えず着替えて」

キラはまだ寝巻きのままのアスランを寝室へ押し込んだ。軍の寮ではどうだったかなんて知りたくもないが、今は自分と暮らしているのだ。寝起き姿などを他人に見せてやるつもりはキラには毛頭ない。ニコルは気にした風もなくさっさと上がりこんでは居間に朝食を並べ出した。アスランが着替えた頃には食事の方も準備できていて、3人で居間のテーブルで朝食を摂る。ニコルの持参した食事はバランスも味も非常に良かったが、3人で摂る朝食はキラには面白くなかった。だが、アスランはとにかくキラの分まで用意してきてくれたニコルに文句をいう事も出来ず、複雑な気分のままキラは黙って口を動かしていた。
そんな朝食も終わり、テーブルの上もすっかり片付いた頃、狭い部屋に再びインターフォンが響いた。

「アスラン、来てやったぞ!」

高飛車な態度で現れたのはイザークだった。戦争が終わっても相変わらずキラを敵視してくるイザークはキラの存在などお構いなしに遠慮なく上がりこんできた。

「イザークも来たのか」
「おはようございます、イザーク」
「チッ。ニコル、お前も来ていたのか」

イザークはニコルに先を越されたことが悔しいのか舌打ちを漏らした。しかし悔しいというか、腹が立っているのは寧ろキラである。 だいたいこの部屋はキラの部屋でもあるのに自分には何の断りもない。
ただでさえ思ったようにアスランとの時間は取れないというのに、折角の朝のひととき−アスランの寝顔を見ながらまどろんだりしたいではないか−をこの二人によって邪魔されたキラの心はすっかり重くなっていた。
そうこうしているうちにディアッカまで現れ、彼らは夕方近くまでしっかり居座っていったのである。


自分は期待し過ぎてしまったのだろうか。
ようやく帰っていったザフトのパイロット達を送り出したキラは非常にゲンナリした気持ちでソファに身を預けた。ちなみにアスランは階下まで見送りに行ってしまっている。
キラにとっては全く気に入らない連中だが、アスランにとってはあれでも大事な同僚らしかった。
アスランは彼らの前では表情も乏しいし、キラと二人きりの時より態度だってずっと固いが、休日の突然の訪問に対してそれほど嫌そうな雰囲気でもなかったのがキラには引っかかっていた。

(そりゃ戦争中は僕も地球軍にいたし、ザフトのパイロット達には随分と世話になったのかもしれない。でも折角の同棲生活なのに今日はまだ僕と満足に会話すらしてないじゃないか)

つまりキラが真に気に入らないのはアスランの態度なのだった。
なかなか戻らないアスランにキラは悶々と考え始めていた。

(アスランは友達少ないみたいだし、遊びに来てくれた事が単純に嬉しいのかもしれないけど、僕が居るんだからそんな事でいちいち嬉しそうにされたら立場がないじゃないか。そもそも僕が始めにアスランの誘いを断ったのがいけないってのか?一体アスランは僕の事どう思っているんだろう・・・?)

好きだと告げ合った時は心が通じたと思っていた。一緒に暮らそうと言った時も、アスランは確かに嬉しそうに頷いてくれた。けれど、もしかしてそれは単にルームメイトとしてのキラの存在を喜んでいたのだろうか。

(もっと二人の時間を楽しみたいだとか、べたべたしたいとか、いつでも触れ放題だ、とか思っているのは僕だけなのだろうか)

キラ・ヤマト、戦争が終わっても相変わらず思い悩む性格は変っていないようだった。



だが怖ろしい事に、変っていないのはそこだけではなかったのである。




後編へ







性懲りもなく新しい設定で話を書きました。
甘いのが書きたかったから既に出来上がってる設定にしたんですけど・・・・どこが甘いのさ(爆)。
長くなりそうだったので半分に切ったら、前半は殆どすれ違い編でした。後半はふれあい編という事でざくざく頑張ります。








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