染色 



[染]
1.色をつける 
2.他の持つ傾向や作用を受ける
3.中に入り込む




瞳を閉じても聞こえる声は、清んでいるのにどこか不快な感触をもたらした。
窓から見える、その歌声の発生源である建物が外界と空気を異質にしているのは、大量のグノーシスに取り囲まれているからだけではないだろう。
中の者たちの状況は未だ分からず、ガイナンは苦々しい思いでディスプレーを眺めた。
彼にしては珍しく苛立たしげにキーを叩きながら送られてくる膨大なデータに目を通す。
データには何一つ喜ばしい内容は見られない。
ぎりっ、と奥歯を噛み締めると同時に手の中で脆い音がした。
握り締めた拳を開けば、先刻までデスクの上にあったグラスの欠片がキラキラと舞った。

そして、視界を灼く鮮烈な赤。





+++




苦闘の末に歌声は止み、グノーシスも一掃され、Jr.達はM.O.M.O を連れて無事帰還した。
それぞれに胸に苦いものを抱いているようであったが、皆当面の窮地を乗り越えた事に安堵し、それをあからさまに表に出そうとはしていなかった。
それは目の前の男も然り。

「どうしたんだ、それ?」

デスクに腰掛けてガイナンの仕事の様子を眺めていたJr.は、ガイナンの掌に巻きつけられた見慣れぬ白い物体を指差した。

「あぁ、別に」

大したことではない、とガイナンはさらりとかわしたが、Jr.は左手に巻かれた白い包帯をしきりに視線で追った。

「気になるのか?」
「そりゃそうだ。お前が怪我なんてな」

Jr.はすっと手を伸ばしてガイナンの手を取ると持ち上げてしげしげと眺めた。白い包帯はずいぶんと赤く染まっているのが見て取れる。

「血、結構すごい量だな。酷いのか?」
「心配するな。戦闘に出ているお前の方がしょっちゅう怪我をするだろう」
「でも俺はちゃんと治すぜ」

そういってJr.は手をそっと元の位置に戻した。

「なんで、ちゃんと手当てしなかったんだ?」

何気なくJr. が尋ねた。
何も包帯など巻かなくても、これくらいの怪我ならばエーテルで治療すれば済む筈である。
ガイナンも問われるまでその意味を考えたりはしていなかったので、Jr.の問に少し考えてから口を開いた。

「"赤"が綺麗だった。だから、見ていたかったのかもしれないな」

ガイナンの言葉は意外だったのか、Jr. はしばし言葉を失くしていたが、それから冗談っぽく笑った。

「馬鹿だなー。なら俺を呼べばいいだろ」

だが、瞬時に瞳は真剣な光を帯び、続けられたJr.の言葉に今度はガイナンが目を瞠った。

「血じゃないんだろ。見たいのは」
「・・・あぁ」
「良かった。一瞬お前までオカシクなったらどうしようかと思ったぜ」

ガイナンが血を欲する狂人にでもなったかと本気で心配したのだろうか。
Jr.は大げさにデスクに突っ伏し、心底安心したように息を吐いた。

「ならばもっと見せてくれ」
「いいけど。取り敢えず先にエーテルで治してもらおうぜ」
「これくらい平気だ」
「駄目駄目。お前は怪我には慣れてないんだから」

それとも、俺の赤だけじゃ不満なのか?と問われればガイナンに逆らう術はなく、Jr.はずるずるとガイナンを引っ張って部屋を出た。



+++



戦闘から戻ってすぐなのだから疲れているだろうに、シオンは笑顔で二人を迎えた。

「あら、結構深いですよ」

随分痛かったでしょう、とシオンは傷口を見ながら口にした。
包帯の取られた傷口は見ていて気持ちのいいものではない。始めは側で見ていたJr.も視線を逸らし、側にある包帯を手に取った。

「にしてもすげー血だな。この布、洗えばまた使えるか?」

Jr.は包帯を掲げて、シオンの自室に居たアレンに見せた。

「どうでしょう。すっかり黒ずんじゃってますね。落とすのは大変かもしれないですが」

そういってアレンはエーテルを翳しているシオンへと視線を投げた。

「主任、取り敢えず浸けときましょうか?」
「そうね。真っ白にはならないだろうけど」

包帯にこびりついた血は固まり、容易に落ちる事はないだろう。

「白くはならない、か」

小さく呟かれたJr.の言葉にアレンが反応した。

「困るんですか?」
「・・・いいや。良かったな、と思って」

アレンが不思議そうに首を傾げていたが、 シオンによる治療も終わり、二人は礼を言ってそのまま部屋を後にした。

『赤が白になる』

無機質な廊下を歩いていると、不意にそう言って笑った男の声がJr.の頭の中で響いた。
自分達を色で例える事など下らない事に過ぎないと分かっているのだけれど、やはりいい気分はしない。
そう考えて、弾かれるように頭を上げた。 もしかして、ガイナンはあのやり取りを気にしていたのだろうか。
乗り込んだエリアトレインは二人きりで、静寂の中機械音だけが響いていた。普段は外見年齢に相応に元気なJr.だが、二人で居る時の空気は存外静かなものだった。

「ガイナン。白くはならないってさ」

先程の会話はガイナンにも充分聞こえていただろうが、Jr.はもう一度はっきりと告げた。
Jr.の意図を解して、ガイナンは無言で頷く。
それが包帯を意味している事ではない事は明白で。 自分達は案外簡単な事を忘れていたのかもしれないと気付く。

「存外単純だな」

それはガイナン自身へ向けた言葉であったのだが、Jr.は悪かったな、と頬を膨らませた。

「でも、俺はお前の・・・」

お前の色になら染まってもいいぜ。そう言いかけてJr.は途中で言葉を切った。
―だってそれは、まるで睦言のようで。

「・・・何だ?」
「いや、何でもない」

そう言うとJr.は丁度開いたドアから勢い良く駆け出して行った。その背を見ながらガイナンはゆっくりと息を吐いた。


彼の魂が何にも染まらぬ事を願って。












10000Hit記念小説。色の話でした。
黒赤、あんまり甘くならないのはネタ振りが悪いんでしょうか、むぅぅ。
そしてアルベド。今度こそ出そうと思ったのにマトモに出れません。まぁ出てきて白赤鬼チックになっても困りますケド。





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