約束 




相次ぐ戦闘の日々の中で久々の休暇。
ビリーはレンマーツォに乗って一人住み慣れた孤児院へ来ていた。
ユグドラシルのメンバーに時折様子を見てもらっては報告を受けていたものの、実際に孤児院へ戻ってくるのはしばらくぶりである。子供達はビリーの帰還に大喜びだった。
しかし、そんな子供達と楽しい時間を過ごしている中、問題は起こったのだった。

「ビリー兄ちゃん。今日は一緒に寝ていい?」

じゃれていた子供達の一人がビリーの腕を取ってお願いしてきた。
ビリーは曖昧に笑みを浮かべながらどう答えようか、としばし考える。
一人の子供に安易な返事を返してしまうと混乱を招きかねない。
やんわりと、それでいてキッパリと断らなくてはならないのだ。

「だめだ。ビリー兄ちゃんはオレと寝るんだ」
「えー、何でだよ」
「ずるいよ。ぼくだって」
「私だって」

案の定、ビリーが悩んでいるうちに子供達は抜け駆けした人物と揉め合いを始めた。
狭い孤児院だから皆で寝る事もできないし、日替わりで一人ずつ面倒を見てやるほどビリーがここへ滞在する期間も長くない。
どうしよう、と本気でビリーが悩み始めた時。

「珍しいな、ケンカか?」

聞きなれた声。面倒な時に面倒な人物がやってきた、とビリーは思った。
ビリーは困っていて猫の手も借りたい状況といえたが、彼が今この場に現れても事態が収拾するとは思えなかった。
表情を曇らせるビリーをよそに、その男、バルトは少年達の方へ歩み寄った。

「どうした?」
「今日はオレがビリー兄ちゃんと寝るの!」

少年の言葉にバルトは一瞬呆気に取られた表情をした。

「違うよ、僕が先に約束したんだ!」
「約束じゃないよ。ビリー兄ちゃんはいいって言わなかったじゃないか」
「オイオイ・・・」

子供達の口論に呆れ顔なバルトがビリーの方へ視線を投げかける。ビリーは小さく肩を竦めた。
いつもはケンカの仲裁であるはずのビリーも困っているらしい。
それはそうだ。ビリーは子供達には甘いが、贔屓や不公平な態度を好まない。折角だから甘えさせてやりたいと考えているのだろうが、ここでどちらとも寝てやる、などと言おうものなら孤児院中の子供達のわがままを聞く羽目になるに違いない。

「あのな、お前達。いい事を教えてやる」

バルトはパンと大きく手を打って子供達の注意を引きつけると、徐に言っ放った。

「実はな、ビリーと寝るのは俺なんだ」

えっ、っと子供達が声を上げた。声を上げたいのは寧ろビリーだったのだが、咄嗟の事で音にはならなかった。

「そうなの?」

視線が一斉にビリーへと向かった。子供達の清んだ瞳が見上げてくる。

『そんなワケない!!』

ここでそう言うのは簡単であったが、それでは事態を収める事はできない。

「・・・ごめんね」

仕方なく、ビリーは優しく微笑んで子供達の頭を撫でた。

「えー、なんでー?」
「そんなの嫌だよ〜」

『僕だって嫌だよ!』

ビリーは心の中だけでそう悪態をついた。
不満そうな子供達の頭に今度はばしっとバルトの掌が乗せられた。可愛がっているつもりなのか苛めているのか、バルトの子供の扱い方は非常にぞんざいである。それでも子供達に嫌われていないのだから、いや、寧ろ好かれているのだから全く不思議である。

「悪ぃな、お前ら。でも、約束なんだ」

なっ、と同意を求められてしまえばビリーは仕方なく頷くしかないのだった。





一緒に寝れないのだからせめて、と本を読んで聞かせたり話をしたりしているうちにすっかり夜も更けていた。
子供達を寝かしつけたビリーが自室へと戻ると、仕方なく自室へ招き入れていたバルトがビリーの寝台の上に寝転んでいた。どうやら先に寝ていたようだ。
厚手のコートを脱ぐと部屋の中はうっすらと寒かった。
夜着に着替え始めると背後から遅かったなと声が掛かり、ビリーは不機嫌そうに眉を顰めた。

「あんな事になったから、君をここに泊めなきゃならないなんてね」
「どうせ俺が寝る所なんてこの部屋くらいしかないだろ。今更、何怒ってんだよ」
「だから。そもそも何で君がここに来たのさ。大人しくユグドラにいれば良かったのに」
「そんないい方すんなよ。俺が来なけりゃお前だって困ってただろ?」

確かに困ったかもしれないが釈然としない。ビリーはむっとして唇を尖らせた。

「しかっし、お前と寝たいなんてな。ガキのくせに俺を差し置着きやがって」
「何言ってるのさ。子供だからだろ」

バルトの言い様にビリーは呆れてしまった。

「"寝たい"なんて、変な風に言わないでよ」
「変な風って?ガキどもに散々言われてたじゃないか。お前、意識しすぎ」

悪びれもしないバルトにそう指摘されてビリーは僅かに頬を染めた。
ビリーはバルトに助けられたという事実もさることながら、実はその助け方が何とも気に入っていないのだった。

「彼等が言うのと君が言うのとじゃ大違いだよ」
「大差ないだろ」
「ある!」

妙にキッパリと断言するビリーの様子にバルトは笑った。
それはちょっとバルトの方が深い意味合いを含ませているものの、本質的なものは多分きっと同じだと思う。

「じゃあビリー、そろそろ”寝よう”ぜ」
「なっ・・・!」

こんなところまで来て何を言い出すのか。
上半身を起こしたバルトに手首を掴まれ、ビリーはびくりと身を震わせた。

「折角の休暇なんだから一人にしてよ」
「休暇だから俺もここに来たんだよ」
「僕はゆっくりしたいの」
「忙しければ忙しいで、俺の事邪険にするくせにな」

バルトは強くビリーを引き寄せた。碧玉の瞳が真剣な色を含んでいるのを感じ、ビリーは息を呑んだ。

「もしかして、こういう事するためについてきたの?」
「そうだ・・・といいたいトコだけど、一応違うぜ」
「じゃあ、何さ?」
「別に。俺はただお前の側にいたかっただけ」

そういうとバルトは急に表情を和らげ悪戯っぽく笑った。掴んでいた手をさっと離して、バルトはビリーの方に背を向けて寝台に横たわる。

「本当にもう寝ようぜ。明日もガキの相手すんだろ」

あまりにあっさりとしたバルトに多少拍子抜けしたものの、ビリーはほっと息を吐いて明かりを落とした。
寝台に潜り込むと、先程からバルトが横たわっているため中は程よく暖かい。

「なんでこうなるかなー」

口元まですっぽりと潜りビリーは呟いた。
本来ならこうやって孤児院の天井を眺めながら冷たい寝台で一人、昔のつらい思い出に流される筈だったのだ。それはビリーの望む事ではなかったが、こうやって暖かさに身を任せる事もまた本意ではない。それは単純に、ビリーの意地なのかもしれないけれど。

「約束だからだろ」
「約束って、さっきのアレは話を合わせたけど、僕らはそんなのしてないじゃないか」

ビリーがそう言うとバルトはがばりとビリーの方に体を向けた。

「しただろ。何だよ、忘れたのか」

意外な発言にビリーの方が戸惑っていると、バルトは大きく息をついた。

「ったく、仕方ねぇ。もう一度しとくか」

月明かりの元にビリーの掌を招くと、バルトはするりと小指を絡ませた。
確かに、この子供っぽい仕草は以前に彼と交わした記憶がある。
けれど、それは随分前の事。
今日の約束などした覚えはやはりない。

「言っとくけど、明日も一緒に寝るなんて約束ならお断りだよ」
「わーってるって」

勢いよく腕をふるバルトに合わせて、二人の小指が宙に揺れた。
そして耳元で低く、約束の言葉が紡がれる。


『今夜も、これからも、ずっとお前の側にいるのは俺だ』


それは確かに、記憶の中に存在するコトバ。










10000Hit記念にて、めっちゃ久々バルビリです。
バルビリに限らず、私は一緒に寄り添って寝るだけの話を書いてしまう事が多いので、もしかしてこういうのが好きなのかもしれません。 裏っぽい話もそりゃあまた好きなのですが、月明かりの下、大真面目に指切りする姿もいいかなと思うのです。どうでしょう。でも約束というよりは一方的な言い切りのバルト(苦笑)





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