一人で生きていけると思ってた。
プリムと子供達を守るため、頑張って生き抜いてきた。
甘える人もいなかったから、自分が強くならなければならなかった。
強く、なれた気がしてた。
なのに、…君に会ってから僕は少しおかしい。
「出会わなければ…よかったのに」
誰もいない甲板。
小さく漏れた呟きは無意識のもので、ビリーは口に出した途端顔を顰めた。
誰と、なんてのは言うまでもない。
ここ最近多くの人に出会ったが、こんな風に思うのはたった一人きりだ。
ユグドラシルに乗るようになって ビリーの生活はすっかり変わってしまった。
ビリーの小さい頃を知るシグルドに会って少し甘えることもできるようになったし、自分達を捨てたと思っていた父親とも再会した。ビリーには素直に喜ぶことなど到底できないが、プリムはよく懐いている。
ユグドラには他にも頼りになる大人達はたくさんいるから、そのせいだろうか。自分の心が弱くなってしまった気がする。孤児院で子供達の生活を必至で支えていた頃はもっと強かった筈だ。誰にも頼らずに生きていけるようになった。 それなのに。
もっと頼れと、あいつは言うんだ。
「なぁ、それって俺のことかよ」
突然後ろから声をかけられた。誰もいないと思っていたビリーは慌てて振り返った。
「バルトっ…」
ビリーはいつも通りバルトに向かって悪態を投げつけようとして思わず飲み込んだ。
バルトからかけられた言葉は不機嫌な声色だったのに、背後に立つバルトの瞳は悲しげな色を浮かべていたから。
「だよな。やっぱ」
自分の顔を見て言葉を失ったビリーから視線を外すと、バルトは側の手摺にもたれて青い空を見上げた。
「あー。いい天気だな」
そう言ったバルトの声はいつも通り明るいものだった。先程一瞬だけ見た暗い色を浮かべた隻眼が気のせいであると思えるくらいに。
しばらくどちらも何も言わないまま時が流れた。潮風が静かに二人の間をすり抜けていく。
先に口を開いたのはビリーだった。
「ねぇ。艦長がこんなところでサボってていいわけ」
ビリーはバルトの隣に同じように凭れて、いつも通りの口調で言ってみた。
「いいんだよ。俺は」
相変わらず無茶苦茶な事を言うとビリーは思う。こんな奴が艦長なんかよく勤まってるとは、この艦に乗船した当初から散々思った事だった。なのに今は、ほんのちょっとだけ分かってしまっている。
バルトだから皆がついてくるのだと。
ビリーは脇で遠い海を見つめる横顔をチラリと見遣る。潮風に靡く黄金の髪はとても綺麗で、まるで彼の心のようだと思う。
「…さっきのな」
突然バルトが話しを始めたのでビリーは慌てて視線を反らせた。
「俺のこと嫌いか?」
ストレートにそんなことを聞いてくるバルトが可笑しい。ビリーがなんと答えるかなんて分かっている筈なのに。
「当たり前だろ」
「…そ、だな」
ビリーは
バルトの様子が少し変だと感じた。いつもならビリーのこういう発言には何かと言い返してきては口論になるのに、今日に限ってはやけに大人しい。
「それに、お互い様だろ。いきなり何さ」
「ん、まぁ。…それでも、俺はそんな風には思ってないからさ」
「は?」
バルトの発言の意味がわからなくてビリーは思わず聞き返した。
「出会わなければよかった、なんて」
俺はそうは思ってない、とバルトは続けた。
「そうだろうね。君にはわからないよ」
バルトは強いから。
君に出会って弱くなってゆく僕の心はわからない。
「ったく。お前はいつもそんなこと言いやがって」
バルトは何故か悔しそうな顔をしてビリーの方を見た。
「ワケわかんねぇよ。だいたい何で俺にはんなケンカ腰なんだよ」
「…僕にも分からないよ。そんなこと聞いてどうするのさ」
本来ビリーは他人に対して必要以上なくらいに礼儀正しい。父親以外にビリーがこんな態度をとれる相手はバルトしかいない。だが、その理由なんてビリーにも分からないのだ。
「どうって、俺はお前とだって上手くやろうって思ってるわけで…」
「なんで?嫌なら一緒にいなきゃいいじゃない。今だって僕が邪魔ならさっさと立ち去ればいいんだ」
「だから、何だってお前はそうなんだよ!」
流石にビリーの態度に我慢ができなくなって バルトは声を荒げた。言ってる事もそうだが、何よりもその目が気にくわない。挑むようにバルトを睨み付けている。
ぎっとバルトが睨み返すと視線が呆気なく外された。
「俺はお前が嫌いなんかじゃねぇ。お前がそんな態度だから喧嘩ばっかだけど。一体お前は俺の何が気に入らないんだ?」
「何って…」
ビリーは考える。バルトなんて何もかも気に入らない。
馬鹿みたいに振る舞って明るく皆に好かれている所。何も考えてないようなくせに人の気持ちには鋭い所。無茶苦茶なことしかしないのに、いざとなると頼れそうな所。
バルトといると、自分の至らなさばかり感じてしまう。
これは羨望?嫉妬? ―違う。
シグルドやシタンの方が余程頼りになるのにそんな気持ちにはならない。フェイやマルーにも感じない何か。バルトだけが感じさせる何か。
君といると弱くなる。―君の眩しさに縋ってしまう。
君といると怖い。―君なしでは、いられなくなる。
僕は君の…
「…そっか」
「あ?」
「だから僕は君が嫌いなんだ…」
「オイ、一人で納得してんなよ」
じっと考え込んだ後、独り言のように言うビリーの言葉にバルトはむっとして顔を顰める。
「なんだよ。わかったんなら教えろよ」
「ヤダ、教えない」
「あのなぁ」
「今はまだ、教えられない」
そう言ったビリーの目がいつもと違って好戦的じゃないから、バルトは更に続けようと思った文句を押し込めてついじっとビリーを見つめてしまった。
「バルト?」
不審に思ったビリーがバルトを覗き込むような形になる。
「お前、いつもそうだったらいいのに」
「え?」
「そういう瞳してくれたらいいのに」
真摯な目でそう言うバルトの視線が痛くて、ビリーは直ぐさま顔を反らして手摺から離れた。バルトに背を向けるようにしてその場に座り込む。
「何言ってるのさ。君こそそういう顔しないでよね」
「どういう顔だよ?」
「んー、まともな顔」
ビリーの返事に俺はいつだってまともな顔だよとバルトが喚き立てた。その様子が可笑しくてビリーはクスリと笑みを漏らす。バルトはそんなビリーを見て少し驚いたような顔をして、それから彼らしいにやりとした笑顔を浮かべた。
「先刻まだって言ったな。いつか教えてくれるつもりなのかよ?」
「いつか、ね」
じゃあ楽しみにする、と言ってバルトは黙った。納得できるワケは無いのだが、バルトには通用したらしい。
一体どんな気持ちで自分を嫌いな理由なんて楽しみに待つというのだろうか。
そんな事にすら惹かれるなんて、自分はどうかしている。
いつか本当に、言う日が来るのだろうか。
この矛盾だらけの気持ちを。
君の側にいたい。
でも君の側に居るべき人は沢山いて。
だから僕は…
君が嫌いなんだ。
END
ビリー自覚編。
バルトは思い立ったら即行動、と思ったので先にビリーに淡い恋心を自覚していただきました。
甘々バルビリが書きたかった筈なのにそこまではまだ遠い二人。