始めから、彼は何にも興味などなかった。 アスラン・ザラがZAFTに入ったのはイザークよりだいぶ後だったと思う。 パトリック・ザラの息子だと噂にはなっていた気がする。だがその時は、正直殆ど関心を持っていなかった。軍に入る前はどこか別の学校に行っていた、とだけ風の噂で聞いていたくらいのものだ。 だが程なくして、アスランはイザークにとって無視できない存在となった。 アスランが駆け上がるようにエースパイロットの地位へと昇りつめたのだ。 それまでエースであったイザークにとっては無視できる話ではない。 当然のように周囲からは賞賛やらやっかみが注がれ、様々な嫌がらせもあったが、アスランは面倒そうに対応したものの、過ぎてしまえばさして気にする風でもなかった。彼は誰にも屈せず、ただ前を見つめていた。何故そんな事を知っているのかと言えば、イザーク自身もそんないくつかの嫌がらせを実行していた一人だからである。 アスランはそれからプラントのアイドルと婚約した。 男所帯のザフト内ではひどく羨ましがられたものだが、アスランは特に自慢するでもなかった。彼女の事を嫌っているわけでもなさそうだったが、嬉しそうな顔をしているのを見た事はない。 彼が人というものにあまり興味がないと知ったのはその頃からだ。 アスランは単に親の言うとおり、望まれたとおりの事をこなしているだけに過ぎないのだと、彼女のファンの男が悔しそうに言っているのを聞いた事がある。 プラントの有力者である親元に生まれて、敷き詰められたレールの上を歩いているのはイザークも同じだ。 実際クルーゼ隊の面々はそういう者が多い。世間からは有力者の子息が入隊すると思われている節があるクルーゼ隊だが、正しくは少し違う。 お飾りの隊なら他にもないわけではない。ここには確実に実力のあるものしか入隊できなかった。 優秀な人物が集まり、実力もかなり拮抗している。 エースパイロットの座を勝ち取るのもそう易々と行えることではない。 だから前エースパイロットのイザークにはそのプライドがあり、訓練では悉くアスランを敵視した。 アスランだって人間だから完璧ではない。当然上手くいかない日もある。イザークはそういった時は目ざとくアスランに突っかかった。けれどもアスランはそんなイザークにムキになることもせずさらりとかわすのだ。 プライドが高いのはお互い様であったが、イザークがわざとぶつかる様に仕向けたりしても、アスランは逐一突っかかることもせず素直に謝った。余程の事がない限り、極力争いを避けるような態度を取る。それは親の教育というより、寧ろアスラン個人の生き方なのだと、あの血気盛んそうな父親と比較して思う。 アスランはイザークに対して拘りをもってはいなかった。上を目指してはいるが、競争相手についてはまるで興味がないのだ。イザークはアスランこそを敵視しているというのに、それではまるで眼中にないとでも言われるようで、イザークの怒りをさらに煽っていく。 けれど、正確には違った。 イザークに限らず、何事も、彼の心を大きく動かす事はないのだと。 ―その時までは。そう信じていた。 「キラ・・・」 小さく漏らされた言葉に聞き覚えはなかった。 イザークが偶然通りかかった通路で、アスランが一人窓から宇宙を眺めていただけだった。 本当に偶然。見るつもりも、聞くつもりもなかった。 けれど、見てしまったアスランの表情はあまりに予想外でイザークは思わず立ち止まった。 あんな表情をするのだ、と。心のそこから驚いて。 いつだってアスランは毅然としていて、不機嫌とも取れるくらいに表情も乏しかったから。 彼は窓に片手をついて、今にも泣き出しそうに切なげに瞳を揺らしていた。 「キラ。お前は、どうして・・・」 もう一度呟かれた言葉は、それが人の名である事を認識させた。 いっそ激しく抵抗してくれればここまではしなかった、とイザークはどこか遠くなった思考回路を使って考える。 そう、悪いのはアスランなのだ。 思考というよりは怒りに任せて行動していたイザークはそうやって自分の行動に理屈を付けた。 薄暗い部屋。 イザークは無理矢理にアスランをこの部屋へ連れて来た。 きつく腕を取った時には抵抗があったが、アスランは殴り飛ばしてまでイザークを跳ね除ける事はせず、結局腕を引かれるままについて来た。 目の前のアスランの表情は暗がりのためよく見えない。明かりは意図的に灯していない。 自分を映さぬ瞳など、見たくはなかった。 いつだって彼はどこか遠い目をしている。 イザークに対して勝ち誇ったような目をしてくれたら、そうしたら、対抗すればいい。 イザークの態度に憎悪や怯えの瞳で見つめ返してくれば、憎しみ、蔑めばいい。 なのに、返らない感情。これではいつまでたっても一人相撲だ。 頭ではイザークだけがそうなのではないとちゃんと知っている。彼は誰に対してもそうなのだ。 誰に対しても。 ―否、そうなら良かった。 「何の用だ」 室内にアスランの硬い声が響いた。 急にこんな風に連れられて穏やかな話をするわけなんてないのに、落ち着いて普段どおりのフリをする彼が疎ましい。きっと彼は変にイザークを刺激するより大人しく話を聞いた方がさっさと開放されると思っているのだ。そんな所までが気に入らない。 「誰だ?」 イザークも負けじと落ち着いた声で質問した。感情を高ぶらせては負けだ、と妙なところで意地になる。 「何の話だ」 唐突な質問に、アスランは少し戸惑ったような声を上げた。 それはそうだろう。前後の脈絡など何もない。イザークは落ち着いてもう一度尋ねた。 「さっき、誰の事を考えていた?」 息を呑む気配がした。おそらく見られていたなんて思わなかったのだろう。 後ろからだがイザークは堂々と彼を見ていたというのに、それほどまでに没頭していたというのか。 「お前は―」 イザークの声は自分でも意外なくらい低い声だった。 言いかけて、しかしそこで言葉を押しとどめた。代わりに別な言葉を投げかける。 「キラ」 瞬間アスランがびくりと身を奮わせた。 表情は見えないが、想像は出来る。 先程見た表情を浮かべているのだ。おそらくは。 「さっきそう呼んでいたな。誰だ?」 「・・・昔の、友人だ」 無視されるかと思ったが、意外にもすんなりとアスランは答えた。 だが、アスランの口から出た友人という言葉が意外だ。意外であると同時に体の内から激しい衝動が沸き起こってきた。 「それが、どうした。それがお前の心を乱すのか!!」 耐えられずにイザークは叫んだ。 望んだ答えではなかった。彼が友と認める者などいないと信じていたから。仲の良かったラスティやミゲルだって仲間とだけ呼んでいたというのに。 いっそ親の敵とでも言ってくれたら良かった。彼の母は血のバレンタインで亡くなったと聞いていたから。だから、あの表情は母を思ってのものであればいいと、そう思っていた。 イザークは反射的に部屋の明かりを灯した。不意にその表情が見たくなったのだ。 暗がりに目が慣れていたせいで一瞬眩しさに目を細めたが、垣間見えるアスランの表情は想像通りのもの。 イザークはアスランを思い切り睨みつけた。もともと整った顔のイザークが凄めば、その怜悧な瞳に大抵のものは一瞬怯む。 アスランはいつもその大抵のものの範疇には含まれず、ただ静かに見返して来るのだった。 だが、今のアスランはいつもと違う。 凛としたその表情を険しくして、きっと睨み返してきた。 「イザーク」 アスランが僅かに掠れた声で名を呼んだ。 「親友、なんだ」 真っ直ぐにイザークを見てもう一度告げる。 はじめに聞いたのは確かにイザークだが、こんな事を自分に何度も言い聞かせたって仕方がないだろう。 繰り変えされたそれには、果たしてどんな意味が込められているというのか。 アスランの視線が外され、と同時に表情が崩れた。彼は泣いているのかもしれない。いや、涙など流していなかったがイザークにはなんとなくそう思えたのだ。 どうして今更。 もう彼から感情を引き出す事は諦めたというのに。それなのにどうしてこんな風に自分の前で無防備に表情を崩すのか。 「アスランっ」 だんっ、とイザークの拳が壁に叩きつけられた。アスランの顔のすぐ横。突然の事だというのに彼は僅かに目を見開いただけで、すぐさま元の切なげな表情に戻った。 「親友、だったんだ」 もう一度、アスランは静かに言った。 「馬鹿だ。オマエは」 眼前のイザークには縋るような瞳を見せずに、しかし視線を外せば、辛いのだと全身で訴えるような雰囲気を醸している。 アスランがまたしっかりとイザークを見つめてきた。 いつもよりきつい視線は、まるでそうする事で崩れそうな自分を抑えているかのようだ。 この期に及んで尚、彼は最後までイザークに意地を張って貫き通すつもりらしかった。 「お前なんて嫌いだ」 イザークは吐き捨てるように言った。最早、言いなれた言葉。 「・・・あぁ。知っている」 アスランは低く答えた。それも、聞きなれた言葉。 いつもどおりの言葉を言う、違う眼差し。 頭の中で警鐘が鳴るのをイザークは頭を振って掻き消した。 切ない瞳を、勘違いしそうになる。 アスランが制御できない大きな波に抗っているだけだという事は簡単に見て取れるというのに。 イザークの漏らした名前が引き金なのは明白なだけに、不用意な自分の行動にさえ腹が立ってくる。 「大嫌いだ」 せめてこの理不尽な言い掛かりに怒鳴り返してくれれば。俺も嫌いだと叫んでくれれば。 そう、 心から願った。 本当は、向けられないあの表情こそが欲しいのだと。 それにはまだ、気付かないフリをして。 血迷いました。えと、カプではなくその内容がです。
題名の一方通行とはイザーク、アスラン双方を指したつもりです。イザ→アスでアス→キラ。イザークとアスランの噛み合わない関係が書きたかったのです。 イザークはアスランを勝手に苛めてるつもりが実は全然相手にされてなくて、ディアッカやニコルに呆れられつつ挫けた時には慰められる、というのがマイ設定のつもりでしたが、この話は合っているようで大きく逸れたような。だってちょっと脈あり気じゃないですか?←本気か(賛同者求む) キリがないのでこれ以上の言い訳は止しますが、もうちょっと優しい話が書けないものか、自分。 |
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