なる夜に届けよう





シュン、と音を立てて扉が開いた。
開閉コードさえ入力すれば開くという機械仕掛けのドアは便利だが、こんな風に音を立てないようにして入りたい時には不便なものだと感じる。

(今度整備のものにでも言っておくか)

音を立てないようにして入る必要など普通はあまりない、という事など頭からは抜け落ちているらしい。クルーゼ隊隊長、ラウ・ル・クルーゼはドアに対して不当な文句を付けながらも慎重に部屋へと足を進めた。
仕官達は通常2人1部屋を与えられているが、不幸にも欠員が出てしまったために、今この部屋は片側のベッドしか使用されていない。

(ラスティ。お前の死は決して無駄にしない・・・)

果たしてそのセリフをここで使うのが正しいのかどうかは置いておくことにして、クルーゼは未使用のベッドに軽く手を合わせるともう片方のベッドの方へ向き直った。ベッドには目的の人物、アスラン・ザラが横たわっている。

「う・・・ん・・・」

気配に気付いたのか、部屋の主は小さく声を漏らした。
寝ぼけた様子で目元をこすっている様ははっきり言ってかわいい。
普段の凛とした表情もそれはそれで良いものなのだが、これは寧ろ犯罪的にカワイイ。
ザフトが誇るエースパイロットが簡単に見せていい姿ではない(クルーゼが強引かつ勝手に見ているだけだが)。
クルーゼは思わず息を呑んでじっくりとアスランを観察した。すると、ぼんやりとしていたアスランの瞳が不意に焦点を結んだ。

「うわぁぁぁぁっ!!」

クルーゼがさっと口元を覆ったが、時既に遅し。突然部屋に人がいる事に驚いたのか、アスランは2、3部屋先までは届くであろう声を響かせた。
しかし声を上げたアスランはすぐさま目の前の人物を確認すると飛び上がるように姿勢を正した。

「たたたた、隊長・・・?」

寝起きの頭はただでさえ働かないというのに、全く理解できない状況に対応が出来ず、アスランは取り敢えず目の前の人物に呼びかけた。そう、知らぬ間に部屋に人がいるのも驚くべき事なのだが、それがクルーゼ隊長かもしれないという事こそ真に驚くべき事なのだ。

「あの、こんな夜更けに何事でしょうか?」

クルーゼの様子から察するに、戦闘が起こったというような緊急事態だとも思えなかった。
いや、正確に言えば様子というよりも寧ろ。

「あの・・・その格好は?」

クルーゼはいつもの軍服ではなく、上下赤い布地に白く縁取りされた衣装を身に纏い、さらには同色の帽子をかぶり手袋まで嵌めている。しかもその色といったらザフトの制服のような渋い赤ではなく、ド派手な原色系の赤だ。ちょっと普通じゃない。

「アスラン。地球にはクリスマスという習慣がある。これはその正式な衣装というやつだ」
「クリスマス・・・?」
「知らないか?」

クルーゼは徐に胸元に手を突っ込んで白ひげの老人の写真を見せた。今回の衣装はこれを元に作られたクルーゼの特注品である。アスランはクルーゼの話の展開についていけてはいなかったが、取り敢えず写真の中の老人の衣装とクルーゼの格好を見比べてなるほどと頷いた。

「それは分かりました。ですが、何故隊長が私の部屋に?」

アスランはわずかに不審気な視線を向けた。
たとえこれが正式な衣装だとしても、そんな衣装をクルーゼが身に纏い、あまつさえ夜中にアスランの元を尋ねる理由は全く浮かばないのである。

「クリスマス、正確にはその前夜にだ。こういった衣装を纏ったサンタクロースという老人が夜中にやって来て、子供達の枕元にプレゼントを置いていくという伝承がある」
「・・・そうなんですか」

初めて聞く話だったが、隊長が言うのならそうなのだろう、とアスランは納得した。

「でも、何故隊長が?」
「伝承は所詮伝承だ。実際は夜中の間に親がこういった格好に扮して、子供達の寝室の靴下へプレゼントを入れておく。翌朝それを見つけた子供達はサンタクロースからの贈り物と信じて喜ぶ、というわけだ」
「なるほど」

素直に頷くアスランにクルーゼの口元が笑みを形取った。そして真剣な眼差し(あくまで仮面は下でだが)でその顔を見つめ込む。

「君は親御さんから預かった大切なパイロットだ。だから私がご両親に変わって、君のためにプレゼントを贈りたいと思うのは迷惑な事かな?」

仮面の下の表情は分からないが、アスランの頭の上に置かれた手が優しくその髪を撫でた。その様子にアスランは驚いてわずかに頬を染める。

「いえ、嬉しい・・・です」

ちょっと吃驚はしましたけど、と続けてアスランは困ったように視線を逸らした。
アスランはあんな風に大声を出してしまった事が今更になって恥ずかしく思われた。
隊長は伝承を忠実に再現するためにひっそりとココへやって来たというのに、野党か何かと勘違いした自分が情けない。

(隊長の心部下知らず、とはまさにこの事だ・・・)

アスラン・ザラ(16歳)はほのぼのとした家族愛に飢えた子供だった。
たとえ全身真っ赤な衣装に仮面といった妖しげな姿であっても、多少胡散臭げな話であっても、最早彼にそれを指摘する事はできなかった。
これは隊長からの隊員への愛情なのだと。 彼は心からそう信じてしまっていた。

「隊長・・・」

アスランはクルーゼの掌が頭上から頬へと滑り落ちるのにも構わずに、うっとりとその仮面の瞳を見つめていた。
だが、それも束の間。

「アスランっ!!!」

突如大声とともに部屋の扉が開かれた。
飛び込んできたのはイザーク、続いてニコル、ディアッカも顔を見せた。
先程のアスランの悲鳴を聞きつけてやってきたのだろう。

「あ・・・」

なんでもない、とアスランが言おうとしたその時。

「誰だッ」

イザークの厳しい声と共に、全員の視線が一斉に赤ずくめのクルーゼの元に集まった。
クルーゼは3人に背を向けた格好になっているため、一見誰なのか見当もつかない状態である。誰かは分からないが、どう見たってあやしい人物である事だけは間違いなさそうな格好だ。
クルーゼは予想もしていなかった部下達の乱入に敢えて振り返る気もなかった。

「アスランに夜這いとはイイ根性ですね」

ニコルの言葉とともに、3人はあっという間に赤ずくめの人物を取り囲んだ。

「皆、ちょっと待ってくれ。あの・・・隊長も、なんとか言ってください」

アスランがいきなりの物騒な雰囲気に慌てて場を取り繕う。

「え!?」

アスランの言葉に3人は慌てて帽子の下の人物の顔を(というより仮面を)確認して固まった。

「随分と用意周到ですね。隊長の仮面まで用意してるんですか」

しかしイチ早く復活したニコルは冷静に言い放った。

「なにッ」

反応したのはイザーク。イザークとしてはこれが隊長だとは信じたくはないのだ。

「いや、本物の隊長なんだ」

自体がややこしくなる前にと、アスランがフォローの声をかけた。仮面はとにかく、声は確かに隊長のものなのだから本人である事は間違いないだろう。変質者扱いでこのまま隊長に危害でも加えられたらアスランも困ってしまう。
3人はじっと隊長らしきものへと視線を集めた。

「本当に隊長なのでしょうか?」
「お前たち、私が他の者にでも見えるのか」

諦めたように漏らされた声は確かにクルーゼのものだった。

(隊長!!!)

3人の中でガラガラと何かが崩れた。

(まさか、あの隊長があぁッ・・・!!) by イザーク
(本物・・・だったのか) by ディアッカ
(隊長・・・なかなか侮れませんね) by ニコル

思った事はそれぞれだったが、3人の疑問はひとつだった。

「「「一体どういう事でしょうか?」」」

怖ろしく似合わない真っ赤な衣装と、先程のアスランの悲鳴。

「あの、これは隊長が僕達隊員のためにプレゼントを配っているらしいんだ」

なかなか口を開かないクルーゼの代わりにアスランが答えた。

「あぁ・・・」

クルーゼは頷いた。イマイチいつも通りの態度が取れないのは、こんな姿を見られたショックがちょっと尾を引いているためである。

「プレゼント?まさかクリスマスのですか?」

アスラン以外の連中は皆クリスマスという行事を知っていたらしい。イザークの言葉に残りの二人からは疑問は出なかった。

「じゃあこれから他の隊員の所にも行くつもりだったわけでしょうか?」

敬愛する隊長の姿にショックを受けているイザークは恐る恐る尋ねた。

「あ、あぁ」

ぎこちなく返事をするクルーゼの背後にニコルが回り、背中にある大きな白い袋をぎゅっと掴んだ。
突然のニコルの行動の意味を図りかねて一同はじっとそれを見守る。

「隊長。プレゼント・・・1つしか入っていないようですが?」

やんわりと微笑むニコルにクルーゼの表情は引きつった。仮面のためそれが隠れるのは幸いだったが、証拠は確実に取り押さえられてしまっている。

「隊長。詳しいお話をお聞かせ頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

ニコルの言葉にイザークとディアッカも頷いた。クルーゼも仕方なく頷くと、諦めたように真っ赤な帽子を外した。

「その前に、着替えさせてくれ」
「分かりました。では5分後に」

クルーゼはさっさと部屋を後にした。

「アスラン、お騒がせしました。あなたはもう眠っていいですよ」

ニコルがそう言うなりぞろぞろと部屋を出て行く3人を、アスランは慌てて追いかけた。

「待ってくれ。俺には一体、何がなんだか・・・」
「もしかして、隊長が親切にもプレゼントを下さったとでも思ったのか?」

イザークがアスランを睨みつけるようにして言った。
突然隊長がやってきてプレゼントをくれるかと思えば、皆が押しかけてきて隊長は去って行って。プレゼントをくれるというのだから信じたが、本当はワケが分からない。しかしイザークの様子から察するにそれは自分の勘違いという事なのだろうか。
アスランは首を捻った。

「全く、危機感がないものだな」

苛立ったようにアスランに背を向けるとイザークはずんずんと歩いて行った。

「気にするな。ただの夜這いだ」

未だ困惑の表情を浮かべるアスランの肩に手を置いてディアッカが小さく肩を竦めた。

「気にする事はありませんが、気をつけてください」

ニコルの言葉は頭の中のどこか遠くで聞こえるような感じだった。
よばい、ヨバイ、四倍、・・・夜這い。

「えぇっ!?」

言葉の意味を理解して、きっかり10秒後に叫んだ時には廊下はしんと静まり返っていた。

「・・・本当に、どうなっているんだ・・・?」

漏らされた呟きに答えてくれるものは、最早誰もいなかった。




聖なる夜に、君は白く、どこまでも白く。









すみません。これでも私、隊長好きなんです。
この隊長が果たして本当にプレゼントをくれようとしただけなのか、下心アリアリなのかはご想像にお任せします。聖夜なので思いっきり白アスラン。
隊長のサンタコスはなんとも想像し難いですね・・・反省中。








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