に伝えたい





放課後の中庭。
キラは側の木にもたれて座り込んでいた。
幼年学校の授業はわりと退屈なものが多い。
そんな授業もようやく終わり、今日はこれから大切な約束がある。
それはまぁ近くの森に探検に行くというごく些細な事。
けれどキラにしてみれば今日一日、それをずっと楽しみに過ごしてきたのだ。

「キラ」

呼びかける声と共に、まるで少女のような容姿をした少年が駆け寄ってくるのが見えた。
いつも一緒にいる彼だが、こうして少し離れた所から見ると本当にキレイな子なんだと実感する。
少年はその容姿がからかわれてばかりだと零していたが、それもある意味仕方ないとすら思う。だってそれくらい少年は愛らしい。
キラもまた比較的中性的な容姿ではあったが、いつもこの少年と居た為にそういったからかいを受けた事はなかった。

「キラ?待った?」

じっと自分を見つめるキラに気付いて、少年はもう一度戸惑いがちに名前を呼んだ。

「ん?そんな事ないよ。さぁ行こう、アスラン」

そう言って、キラは右手を差し出した。
アスランはその手を見てちょっと躊躇ったようだったが、それからやわらかな手をそっと重ねた。
掌は想像よりも冷たい。
けれど心は温かくて。


日々培われていく友情は、いつしか固く揺ぎ無いものへとなっていた。
お互いが一番大切で一緒に居れば毎日が楽しかった。
―それに、気が付くまでは。



+++



「キラ。早く起きないと遅刻するよ!」

覚醒しきってない頭に飛び込んできた声。
その声は良く知ったもので、キラは慌てて飛び起きた。

「おはよう、キラ。ほら、早く顔を洗っ来て。制服は・・っとコレだね」

アスラン机の上に大まかに畳まれた制服を拾い上げては皺を伸ばした。

「アスラン・・・おはよう」

目の前にしっかり身支度の済んでいるだろうアスランを認めて、キラはゆっくりと動かない思考を巡らせた。
確か、自分はアスランとは同室ではない。 なのに、彼がどうしてキラの部屋にいるのだろう。

「あの・・どうして君が?」
「説明は後で。とにかくさっさと支度して」

時計を見れば、確かにそれほど余裕のある時間ではない。言われるままにキラは身支度を整え、二人で食堂へ向かった。
テーブルについてトレイの中のおかずを突つきながら、キラはようやく先程の話を切り出した。

「で、今日はどうしたの?」
「あぁ。最近キラがぼうっとしてるから、君の事を頼むって先生に言われたんだ」

キラは少しだけ苦い表情をした。
確かに最近ぼうっとしていたかもしれないが、それほど他人に迷惑をかけていたとは思っていなかった。否、ぼうっとしているわけではない。周りからはそうは見えないかもしれないが、キラとしてはちゃんと考え事をしているのだ。
キラとアスランの仲が良いのは周知の事実だ。手先も器用だしあれこれと気も回るアスランは、普段からちょっと抜けがちなキラの面倒を見ていた。そんなアスランだから教師のお目にとまったのだろう。

「最近授業中もぼうっとしてるけれど、何かあったの?」

そんな風に言われてキラはぶんぶんと首を横に振った。

「でも、最近なんだか僕の話も上の空だし、心配だったから引き受けたんだ。もしかして迷惑だった?」
「迷惑だなんて!心配させてごめん」

キラは慌てて否定した。

「そう?何かあったら言ってね」

しかし理由を話す素振りの無いキラに対して、アスランは心配げに瞳を揺らした。そんな表情にキラは胸がちくりと痛む。
本当に心配してくれているのだろう。それは分かる。分かるけれど・・・。

(言えるワケがない)

キラはこっそりと溜息を零した。誰に知られるより、目の前の親友にこそは知られたくない事なのだ。

「うん。心配ないよ」

そういって微笑んでみてもちょっとぎこちなくて。自分がもうちょっと器用な人間だったら良かったと心から思った。
食事を済ませると、寄宿舎を出て学校へ向かう。
授業も同じだからほぼ一日アスランと一緒だ。
それが嬉しくて、嬉しいのに、最近はちょっと辛い。
そんな事はアスランにはとても言えないのだけれど。


「キラ、キラ」

耳元で声がして、キラは慌てて顔を上げた。呼びかけてきた隣の席の子は視線を前方へと促した。
前を見ると教壇の教師がキラを睨んでいる。自分は指名されたのだ、とようやく気が付いた。

「すみません。聞いてませんでした・・・」

キラが答えると教師は呆れたように息を吐いて、代わりに後ろの席の少年を指名した。
呼ばれた事にも、全く気が付かなかった。しっかりしなくてはいけない。
こんな事ではきっと呆れられてしまうだろう。そう思って何気なく視線でアスランの方を見た。
瞬間、目が合った。
その瞳は心配げにキラの方へ向けられていて、視線が合うなりふっと外してしまった。
キラには、今アスランを見るのが辛かった。



放課後の中庭。キラはやはりそこに腰を下ろしてぼんやりと昼間の事を思っていた。
一人でいるのも落ち着く。
ここにはアスランとの優しい思い出があるから、一人でいても寂しいなんて思ったりはしない。寧ろ今はアスランを前にして普通に出来る余裕がなかった。
理由はごく簡単な事。
伝えたくて、伝えられない想いを抱えているから。
そんな風に考えていると、いつのまにか目の前にはアスランが立っていた。

「あ・・・」
「隣、いい?」

頷くとアスランはキラの隣に腰を下ろした。

「2、3日前から様子がおかしいよね」
「う・・・ん。そうかな」

キラは曖昧に答えた。

「僕になんか相談したくはないのかもしれないけれど・・・」

アスランは眉を寄せてひどく悲しげな表情を浮かべた。

「そんな事・・・!」

慌てて言いかけたキラは、しかし次に続ける言葉が浮かばず言葉を切った。

「本当は、ちょっと前からおかしいと感じてた」
「え?」

俯いていたアスランは顔を上げてキラをじっと見つめた。

「キラ、僕の目を見なくなった」

指摘されてキラは驚いた。確かに、最近はこんな風に見詰め合う事が出来なかった。でもそれをアスランに感づかれていたとは思っていなかったのだ。
まっすぐに見つめてくるアスランの視線が痛い。

「でも、僕の事はいい。でも最近は普通の生活でもなんだかおかしいし・・・心配なんだ。僕には何もできなくても、他の誰かにきちんと相談した方がいいよ」
「違・・・う」

本当は。
言ってしまいたかった。
自分ひとりの胸に収めておくにはもうかなり無理が来ていたから。

「アスラン」

名を呼ぶだけで、心臓が大きく脈打った。
失いたくないから黙っていたのに、そのせいで開いてしまった二人の距離。
言ったら全てを失ってしまうのかもしれないけれど。

「・・・好きな・・・人がいるんだ」

キラの言葉に、アスランは驚いたように目を見開いた。
キラが恋煩いなんて意外だったのだろう。けれども周囲の友達と比べたら早すぎるという事はない。

「そう・・・なんだ。応援するよ」

そういったアスランの瞳が揺れたのは気のせいだろうか。
唐突に、キラはアスランの腕を取った。

「アスラン・・・君が好きなんだ」

目の前のアスランは驚いた表情のまま固まってしまっていた。
やはり言うべきではなかったのだろうか。しかし後悔したところでもう遅い。

「・・・本当に?」

かすれたように漏らされた言葉は確認の言葉だった。
ここで違うと言ったら自分の失言も消してしまえるだろうか。
けれど、溢れた思いは止まらなくて。

「本当だよ。すごく、大好きなんだ」

嫌われてしまっても、彼に嘘をつく事はできないから。

「・・・うそ」
「ごめん。気持ち悪いっていうなら、もう側にはいないから」

本当はそんな事とても辛いのだけれど。
アスランは無言で首を振った。

「だって、そんなの変だよ」

やはり、変なのだろうか。親友に、同性にこんな気持ちを抱くなんて。
アスランの言葉にキラはショックを受けた。けれど続く言葉はキラの予想を越えたものだった。

「だって、ずっと変だって、そう思ってたのに」

アスランは片手で自分の顔を覆った。

「僕が、僕だけ変なんだってそう思ってたのに・・・」

言われた意味が良く分からなくて、キラはきょとんとしてしまった。
時間をかけてよく考えると、それは酷く都合のいい解釈が出来てしまう気がして。

「アスラン・・・」
「気持ち悪いって、キラはそう思う?」

顔を隠していた手を解くと、泣きそうな瞳がキラを見た。きっとキラもひどく情けない顔をしているだろう。

「好きだよ」

返事よりも分かりやすく、もう一度告げた。

「僕も、好きだ」

お互いに、伝えたくて、伝えられなかった想い。
生ヌルイ恋愛ごっこでも、幼い気持ちで精一杯悩んで、伝えて。



それからまた、一緒に過ごす事が無上の幸せとなった。
未だ遠い未来の事など考えもせずに、ただひたすらにその時を生きて。

―それは確かに、幸せな日々。









幼年学校時代のお話。
果たして入学はいつなのか、どういう仕組みなのかはさっぱりわかりませんが適当に話作りました。
告白編。そんな筈じゃなかったのにひどくもどかしい話になってしまいました。
なんかもっとプチプチラブな二人の話が書きたいです。








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