界点





過度な精神ストレスは正常な思考を失わせる。
キラ・ヤマト16歳。
彼は極度の精神ストレスの最中にありながらも外面状は平静を保っていた。
それがじわじわと彼の内を蝕んでいる事に気付く程、アークエンジェルの乗組員達にも余裕はなかったが、キラはすでに崖っぷちまで来ていた。
キラは好きで地球軍にいるわけではない。
民間人であり、しかも中立な資源プラントにいた筈の自分。 けれども突然の戦火に、生きるためには仕方がないと、そう言い聞かせて辛い事にも耐えてきたのだった。
それなのに。

「卑怯な、それが地球軍のやり方かっ・・・」

痛烈な親友からの言葉。
否定のしようもない。いや、キラこそ信じられない思いで一杯だった。
ふつふつと沸き起こる感情は、怒りか、悲しみか。
瓦解はゆっくりと、だが確実にやって来た。



+++




「こちらは地球連合軍アークエンジェル所属のモビルスーツ、ストライク。ラクス・クラインを同行、引き渡す」

かなり思い切った判断だったと思う。
普段はおっとりしていると言われるキラだから、今頃アークエンジェルの皆は相当驚いているのだろうが、そんな事はキラにとって最早どうでもよかった。

「ナスカ級は艦を停止。イージスのパイロットが単独で来る事が条件だ」

通信を受け取ったヴェサリウスでも動揺が起こり、指揮官のクルーゼは仮面の下で眉を寄せた。

「ラクス・クラインの身柄はパイロットと交換に引き渡す」

だが、続いて言い切られた言葉に、クルーゼを始めとしてクルー達は一様に目を見開いた。
様子から察するに通信はパイロットの独断行動と思われる。 ザフト軍にとってラクスを引き渡してくれるというのは願ってもいない事だが、これはどうしたものか。

「どういう事だ」

呟いて艦長がそっとクルーゼを伺った。
突然の申し出。
そして何より、その条件。

「冗談じゃない・・・」

クルーゼは吐き捨てるように行った。
いくらプラント最高評議会議長の娘だろうと何だろうと、たかが小娘一人だ。
すぐさまメインモニターにアスランからの通信が入った。

「隊長、行かせてください」
「何を言ってる。敵の狙いはお前なんだぞ」

モニターに向かってアデスが声を上げた。
こんな時、いつものクルーゼなら行かせただろう。艦停止など子供騙しに過ぎない。奪い損ねたガンダムが単独で近づいてくるなど願ってもいないチャンスなのだ。
しかし、相手の狙いはアスランだった。 アスランは無自覚だが、彼はある意味ザフト軍のアイドルであり、クルーゼにとってはこの上もなくかわいい部下なのだ。闇雲に行かせる事はできない。
こんな無謀な交換条件、あちらのパイロットは果たして受け入れられると思っているのだろうか。

「隊長!」
「駄目だ、許さん」

強い口調にアスランは仕方なく通信を切った。
一方、いつまでも反応のないザフト軍にキラは苛立ちながらともう一度通信のスイッチを入れた。

「こちらストライク。ナスカ級へ告ぐ。条件を飲めないのなら、彼女の命は・・・」
「待て!」

キラの発言を遮るように、突然にイージスからの通信が入った。

「望みどおりイージスは引き渡す。彼女には傷一つ付けるな」
「アスラン、何を言ってる。僕はイージスなんて要らない」

キラの発言に、アスランおよび地球連合の面々は驚きのあまり閉口してしまった。
パイロットが欲しいという事は即ち、イージス奪還を意味すると誰しも思っていたのだ。

「僕が欲しいのは、アスラン。君だけだ」

アスランは二の句が告げずに口をぱくぱくとさせた。
言葉自体は少し嬉しい。
しかしこんな所で、しかも全周波通信で告げるような言葉ではないだろう。

「アスラン、僕は・・・」
「ま、待ってくれ。今すぐそっちへ行く」

アスランは通信を切ると慌ててイージスを始動させる。
あれ以上放っておけば、どんな恥ずかしい事を言われるか分かったものではなかった。
ああなったキラが誰にも止められない事はアスランにはよくわかっていた。

「イージス、発進しました」
「チッ。仕方ない、艦を止めろ」

クルーゼは苛立たしげに舌打ちを漏らしたが、出て行ってしまった以上交渉が無事に行く事を祈るしかなかった。
イージスはすぐさまストライクの元へ辿り着いた。

「アスラン・ザラか」
「そうだ」

アスランがコクピットを開けば、キラの方もコックピットを開いて顔を見せた。

「アスラン、お久しぶりですわ」

くぐもってはいるが、確かにラクスの声がした。

「確認した」

アスランは硬くしていたわずかに緩ませた。

「彼女をイージスに乗せてくれ」

キラはラクスの体を軽く押しやる。コックピットから出たアスランは、ラクスを受け止めてキラの方を見遣った。

「キラ。ラクスを連れてきてくれたことには感謝する。だがあんな呼び出しをしなくたって、僕はちゃんと・・・」
「あんな?何言ってるんだ、アスラン。さぁ行こう」

アスランの方へ手を伸ばすキラに、本気だったのか、とアスランはこめかみを押さえた。

「キラ。悪いけど、僕は地球連合へ行くつもりはない」
「わかってる。僕もこれ以上あんなところへいるつもりはない」

キラはヘルメットの上からでも分かるほど真っ直ぐにアスランを見つめた。

「二人で、どこかへ行こう」

キラは昔からおっとりとしてるくせに大それた事をする男だった。
そして困った事に、アスランはそんなキラが大好きだった。
二人はどちらからともなく自然に手を取り合い、見つめあう。

「キラ・・・」
「アスラン」

若い二人には最早お互い以外は見えなくなった。

「じゃあ、ラクス。じきに迎えがくるでしょう」

アスランはそういうとキラと共にストライクへと乗り込んだ。コックピットが閉まり、ストライクはゆっくりとイージスから離れた。

「エンジン始動だ、アデス!!」

怒号のような声に艦長は身を震わせてエンジンを始動させる。
エンジンが指導するな否や、クルーゼはシグーを発進させた。
時を同じくして、アークエンジェル。 フラガもシグーの発進を知るや否や自分の機体を発進させた。
驚いたのは少年達である。

「隊長!」
「フラガ大尉!」

思いもしなかった出撃に二人は焦った。

「アスラン!」
「坊主、何してる!?」

通信機から二人の声が矢継ぎ早に飛んできた。

「マズイな」

キラの言葉にアスランは頷いた。
二人がこちらへ来てしまえば、ストライクはクルーゼやフラガの攻撃を一気に受ける事になる。この状況でザフト、地球連合の二軍を敵に回して逃げ切れるとも思えない。
二人は狭いコクピット内で困ったように視線を交わした。その間にも機体はどんどん近づいてくる。いよいよクルーゼが近づき、二人の鼓動が大きく脈打った。
その時。

「ラウ・ル・クルーゼ隊長。やめてください。追悼慰霊団代表をである私のいる場を戦場になさるおつもりですか?」

通信機からおよそ戦場に似つかわしくない、滑らかな声が流れた。
それがラクスの行動だと分かっるのにはしばしの時間を要した。

「地球連合の方もすぐに戦闘行動をやめて下さい。さもなくば、こちらも全力でお相手致す他ありませんわ」

先程の平和主義者ぶりも何処へやらといった脅し文句に、フラガの方も思わず動きを止めた。驚く一同をよそに、声は尚も続く。

「それから、キラ様。アスランを降ろし、あなたはお一人で地球軍に戻って下さい。あなたには大変お世話になり、わたくしとしても幸せになって頂きたい所ですが、今逃げるのは早計というものですわ。もっと周到な計画を立てて出直してきて下さい。アスランも、とにかく今は戻って下さい」

ラクスはこれまでの天然っぷりはどこへやら。捲くし立てるように言うとぷつりと回線を切った。
少年たちは無言で見つめあい、やがて小さく頷き合った。

「アスラン。確かにここで逃げても、僕らはすぐ捕まってしまうだろう」

ストライクは再びイージスの元へ歩み寄り、コックピットを開いた。

「今日の所はお別れだ。だが次に会うときは必ず、この手で」
「あぁ」

キラはぎゅっとアスランを抱きしめると、それからゆっくりと腕の力を緩めた。
アスランはキラの腕の中から抜け出るとすぐにイージスの元へと戻り、一度だけ名残惜しげにキラの方を振り返った。

「キラ。次に戦う時は俺がお前を・・・」

続く言葉は虚空に掻き消えた。
それでも、幸せだった束の間の逢瀬。

こうしてストライク、イージスは共に元の場所へと戻っていった。
艦に戻ればフラガからは何らかのお咎めがあるのだろう。
それでも幸せだった、束の間の逃避行。
繋いだ指先からも、抱き寄せた身体からも互いの熱すら感じる事はできなかったけれども。
けれども二人で過ごせた空間は夢のようで。

「どうした?」

フラガの声にキラは自分が地球軍にいる事を強く意識させられる。

「いえ・・・なんでもありません」

結局、何も変わらなかった。
けれど、ようやく分かった。自分が何をしたいのか。
何故戦うのか。その、覚悟を。



望んでも、手に入らないもの。
アスラン。
僕は君を手に入れるために、戦い続ける。



 






黒キラ×白アス同盟に参加したので、黒いキラを書こうと思ったものです。
えぇ、決して黒ラクスを書くつもりじゃなかったのです。
後半ラクスに食われたせいか、キラが思いのほか黒くありません。
そんなわけで10話パロディでした。







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