《SIDE キラ》
流れる時の中で、現在というこの時は過去に基づいて形成されている。 だがここしばらくキラは過去から急に切り離されたような気分だった。 数週間前までは、ごくありふれた庶民的な生活を送っていた。なのに今では縁遠かった高価な調度品の並ぶこの家で当たり前のように恭しく扱われている。 立派な家も良く働く屋敷の者達も、決して気にいらない分けではなかったけれども、重苦しい空気にキラは抑えようもない違和感を覚えていた。 窓の外を眺めてキラはひっそりと溜息をつく。丁度鳥が一羽、青い空に羽ばたくところが目に入った。 あれが以前の自分ならば、さしずめ今の自分は鳥籠の中の中に押し込められた鳥だ。どんなによい餌を与えられようとも、大空を羽ばたく事を夢見て止まない。 「どうしたの?」 ぼんやりとしているキラに向かって柔らかな女の声が掛かった。 その声にキラははっと我に返る。 「いえ・・・何でもありません」 女はキラの顔を覗き込むと心配そうに眉根を寄せた。 「跡継ぎとしての教育プログラムがキツイのなら、私の方から進言しておきましょうか?」 「・・・いいえ、すみません。続けて下さい」 キラは軽く頭を振ると分厚いテキストに目を向けた。この屋敷へ来てからというもの、キラは一般常識から立ち居振る舞 いに及ぶまでありとあらゆるスパルタ教育を施されていた。 そして本日はフラガ家の歴史についてマリュー・ラミアスから講義を受けていた所である。実際の所、過密なプログラム に疲れているのは確かだ。何しろキラはここへ来るまでは普通の工業カレッジに通う学生の1人に過ぎなかった。偶然にもフラガをトップとする地球連合財団の幹部の一人であるラミアスと知り合い、その伝手でフラガに才能を見込まれてしまった。見込まれたといっても、キラ自身は政治や経済の仕組みには疎く覚える事は数え切れないほどある。 「身が入っていないんじゃこれ以上は無駄だわ、今日はここで終わりにしましょう。ぼうっとしてたら駄目よ。あなたにはもっと自覚を持ってもらわなければ」 「はい・・・」 キラはラミアスが部屋を出るのを見送ると、大きく息をついて椅子に凭れた。 フラガ家は歴史も古く、由緒正しい家柄だ。 当主たるフラガは鷹揚な人物であるが、フラガ家に仕えるものは皆、名門家に仕える事を誇りとしている人物である。何処からか降って湧いたようなキラに対する評価は大変に厳しかった。 特にキラがコーディネーターだという事がそういった輩には最大の問題だった。だからキラは自分の失態で家名を汚す事だけは避けねばならなかった。 けれども、庶民のキラにはそのプレッシャーが重い。 それに、長い歴史のうちに気付かれたクルーゼ家との深い因縁。 両家の関係は一般市民のキラでも知っていたが、こんな風に自らの事として体験するようになるとは少し前までは全く考えもしなかった。 因縁の家柄。 先日パーティで対面した敵家の娘の顔がキラの脳裏に浮かんだ。 「アスラン・・・」 クルーゼ家には負けるな、打ちのめせ、とフラガ家に入ってからは毎日のように言われていた。 だから理屈などではなく、ただ越えなければいけない相手だとキラも良く分かっていたつもりだった。 けれど、あの晩から彼の事が頭から離れない。 ―アスラン・ザラ。 キラとアスランは幼年学校時代同級生として過ごした。 昔は女の子と見間違うほどの可愛らしさだった。この間久々に見た彼はさすがに少し凛々しくなった気はしたが、本質的にはそう変わっていなかった。 3年前、両親の都合で別れたが、ずっと忘れてなどいなかった。 大事な、大事なヒトだった。 「けれど、君が敵だなんて・・・・」 何かと忙しいフラガだったが、夕食はなるべくキラと共に摂るようにしていた。 周囲には優秀な跡取りを得るための表面上だけの関係だと思われていたが、フラガがもともと面倒見のいい性格だったのもあり、キラは必要以上に構われていた。そもそもフラガはその才能もさることながら 、単純にキラという人間を気に入っていた。 「坊主、疲れてるそうじゃないか?」 しっかり食べろよ、とフラガはキラの皿に大きな肉を寄越した。 「大丈夫です」 昼間の事をラミアスに聞いたのだろう。キラはあまり食が進まないものの、心配させまいと笑顔で口の中にそれを放り込んだ。 「あの・・・フラガ大尉?」 お茶を啜るフラガにキラは呼びかけた。 「どうした」 「大尉はどうして、クルーゼ家と争っているんでしょうか?」 因縁の経緯については昼間ラミアスから聞いているし、分厚い資料もある。キラが聞きたいのはそういう事ではない。 その昔はこのプラントでも大きな戦争があったが、幸い今は平和な時代である。それなのに、たかだかお家の権力争いのために争いを繰り広げているなんて馬鹿げているとキラは思っていた。 そんなキラの心情を読み取ったのか、フラガは少し困ったような顔をして笑った。 「どうしてと言われても、因縁ってやつだからな。それに、ライバルがいた方が燃えるだろ」 「それなら、何もクルーゼ家じゃなくたっていいじゃないですか。このプラントには、いいえ、宇宙にはもっと大きな権力を持った家だってあります」 「それはそうさ。けどな、今更俺らが仲良くしようったって、そうも行かないのが現実だ。現在の当主は俺だが、実際の所財団のご隠居達の権力も大きい。一応連中にも従ってなきゃ俺の方が潰されちまう」 「当主なのに?」 「敵にも、見方にも油断は見せられない。上に立つって事はそういうことさ」 覚えとけ、と言ってフラガはキラの頭にぽんと手を載せた。 「フラガ大尉は、平気なんですか?」 「俺か?過去の因縁なんてのは俺には関係ない話だ。だが、相手がクルーゼである以上俺にも戦う理由がある、それだけだ」 「どういうことですか?」 「ヤツとは個人的に因縁があるって事さ。俺はクルーゼが相手だから全力で戦う。おまえさんもそうやって自分の目標を立てれば良いのさ」 そう いって笑うフラガはキラにはひどく大人に見えた。 キラは可能性を見込まれてフラガ家に入ったが、実際のところ覚悟が伴っていない。 当主として、クルーゼ家と争うという事。 アスランと争うという事・・・。 「もしかして、自分が当主になったら因縁を断ち切りたい、なんて大それた事を考えてるのか?」 不意に投げ掛けられたフラガの問にキラはふるふると首を振った。 「お前がまだ上から良く思われてないのは知ってるが、だからって無理する事はない。お前さんの実力はそのうち嫌でも目に入るさ」 「はい・・・」 そんな風に大それた事を考えているわけでもないから、キラは恥ずかしくなった。願いはもっとずっと個人的なことだ。 「でも僕は、彼を・・・クルーゼの人間を意味なく憎む事なんて出来ません」 顔を顰めてフラガは笑った。 「憎む事なんてないさ。ただ、ライバルとして精一杯張り合えば良い」 「ライバル・・・」 「まぁ、そう思うにはお前さんはちと優しすぎるのかもな」 フラガはぽんぽんとキラの肩を叩いた。 「そんな顔すんな。あまり思い詰めなくてもいい。そうそう、今週末には仮装パーティがある。良い息抜きになるだろ」 「仮装パーティですか?」 「そう、皆仮面をつけて誰か分からなくしちまうのさ。クルーゼのヤツはこのパーティには来ないし、久々に楽しむチャンスだぜ」 「来ない・・・?」 「あぁ。だからクルーゼたちの事は忘れて、可愛い子をダンスにでも誘って憂さ晴らししようぜ」 嬉しそうなフラガをよそにキラは溜め息をついた。 アスランが来ないという事が嬉しいような寂しいような複雑な気分だった。 仮装パーティは賑やかだった。 色とりどりの服に身を包んだ客達は皆仮面を付けておりぱっと見は誰だかわからない だが、もともと社交界入りたてのキラは誰が誰だかわかっていないのだから、無意味なものでもある。一緒に来たフラガはさっさととどこかの貴婦人を誘って消えてしまった。 時間まで自由にしていい、といわれたもののキラは手持ち無沙汰でウロウロするだけだった。所在無く歩くのにも飽きて、キラはバルコニーに出た。 人気のない方へと足を進めて、ふと足元に違和感を覚えた。 見れば足元には人が蹲っており、キラがそのドレスの裾を踏んでしまっていた。 「あ・・・すみませんっ」 いくら暗がりとはいえ、人がいるのにも気付かないなんて、やはり自分は抜けていると思わずにはいられない。キラは慌てて踏んでしまったドレスの埃を払おうとした。足元の人影が動こうとしない。 「あの・・・ご気分でも悪いんですか?」 心配になり手を伸ばしかけたキラは、その顔を覗き込んではっと動きを止めた。 どうしてそう思ったのか分からない。 薄明かりの下、顔はしっかりパピヨンで隠れているし、背格好も座っているから良く分からない。強いて言えば髪の色が似ているくらいだ。 つまり、殆ど直感。 「アスラン・・・?」 呟いたキラの声に目の前の人物が身を強張らせるのが分かった。 「・・・どうして・・・」 思わず口を開いてしまったようで、目の前の人物は慌てて口元を押さえたが、遅かった。 発せられた声は女性のものとしてはちょっと低い。 やはり、とキラが思うと同時に、目の前の人物はさっと立ち上がりその場を離れようとした。 しかし、キラは反射的にその腕を取っていた。 「ちょっ・・キラ・・・っ」 名前を呼ばれたことで確信へと変わった。 会いたかった。けれど、来ないと思っていたアスラン。 「待って」 「なっ・・・離せ」 キラは逃げようとするアスランの体をぎゅっと抱きしめた。 「来ないと、思ってた。フラガ大尉もそう言っていたし」 「あぁ、来ないつもりだった。隊長も・・・来ていない」 離せ、とアスランは強い語調でもう一度言った。 「何で逃げるんだ」 「仲良く談笑しようとでも言うのか。僕らが一緒に居るところなんて人に見られたらどうなる」 アスランの言葉はもっともだった。 「けど今日は、今日だけは、僕らが誰かなんて分からないよ」 キラは初めて今日が仮装パーティであることに感謝した。 抵抗の止んだアスランの体から腕の力を緩めると今度は優しく抱き寄せた。本当はアスランのほうがちょっと背が高いのが気に入らなかったが、華奢な上にドレスを纏ったアスランは可憐だった。 「一緒に踊ろうよ」 キラはアスランの手を取って軽く口付けた。 誘う時にはこうしろと事前にフラガからレクチャーを受けたのが役に立ったようだ。アスランは耳まで真っ赤に染めて頷いた。 「・・・行こう」 キラはアスランの手を引くと中へ入った。 くるくると踊る人の輪の中へ入って二人で踊った。周りは二人を気にする様子もない。 「ダンスの訓練なんて役に立たないと思っていたけれど、君と踊れて良かった」 「俄仕込みとは思えないよ」 アスランがくすりと笑った。キラにとっては面倒なだけのダンスの練習であったが、こうして二人で踊る事が出来たんだから捨てたモノではなかったとすら思ってしまう。 先程まで退屈なパーティだと思っていたのが嘘のようだ。 アスランと二人で過ごす時間はあまりにも早く過ぎ去る。 手を繋いで会場を一通り歩いて回って、二人はまたバルコニーへと戻った。 窓を閉めれば、ほんの一枚のガラスを隔てただけで、中の喧騒は嘘のように遠くなった。 世界はまるで二人きりのようで、自然と身を寄せ合った。 キラがそっと顔を近づければアスランは少し躊躇うような表情を浮かべた。 この仮面をはずせばまた敵同士になる。それはキラにも分かっている。 けれども、今は。お互い名も知らぬどこかの若造だ。 観念したように長い睫が伏せられると同時に唇を重ねた。 何度も啄ばみ、やがて誘われるように深く口付ける。 長い時間だったのか、それともそう感じただけだったのか。二人して会えない時の思いを埋めるかのようにしきりに求め合った。 「坊主ー」 突然に窓が開かれて、ぱっとアスランが体を離した。 「お、いたいた。そろそろ帰るぞ」 声の主であるフラガは開け放たれた窓から出ると、キラに気付いて歩み寄って来た。 アスランはキラとフラガに頭を下げると、そのまま無言で走り去った。 「悪い、取り込み中だったか。・・・・お前もなかなかやるなぁ」 「そんなんじゃありません」 キラはフラガを睨みつけた。といっても仮面の下からだからよくは分からないだろう。フラガに悪意はないだろうが、あんな風にアスランと別れることになってしまったのは残念だった。 「良い気晴らしになったか?」 「・・・どうでしょう」 フラガの言葉にキラは曖昧に応えた。 気分は良かったが、事態は悪化したかもしれなかった。 キラは口元にそっと手を伸ばした。唇にはまだ彼の熱が残っている。 確実に言えるのは一つ。キラの中でアスランの存在は一層大きくなっていた。 それは良い事なのか、悪い事なのか。 答えはまだ誰も知らない。 続きです。あんまり進展してません。
視点を変えたらなんだかワケが分からないような。要するにここまではフラガはキラが大好きだし、クルーゼはアスランが大好きで、キラとアスランはラブラブでフラガとクルーゼは??って感じです。ザフトパイロット'sを出したいんですが今のところ良い役どころが見つけられず。 書き損ねましたが、クルーゼがパーティに来ないのはもともと仮面だからというしょーもない理由です。 |
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