それぞれの戦略 





ヒトの性格の大部分は環境によって作られるという。
けれど同じ家に育った兄弟だって、全く同じではない。
例えば、そう。
優秀な兄を持つ弟の気持ちなんざ、アイツには絶対分からないのだ。
あの無愛想な冷血漢には。



アルベルトは昔からああだった。所謂可愛げのない子供。
シーザーの方は少なくとも今よりは可愛げがあったと思う。アルベルトの後を追いかけて歩くくらいの可愛げはあったのだ。今思い返すと大変不本意ではあるが。
アルベルトは祖父のお気に入りだった。
祖父は別に格好よくも何ともないのだが、自分達には憧れだった。
その祖父は暇を見つけてはアルベルトに指導を行っていた。
シーザーが構ってもらえるのはいつも2の次。勿論年の差もあるのだから仕方がない事であったが、それが面白くはないと思いはじめたのはいつ頃からだろう。
たぶんそれは、アルベルトがお気に入りに値するだけの人物だと分かり始めた頃からだ。
年の差を差し引いても、いつもお小言ばかり言われるシーザーに比べてアルベルトは非常によく出来た子供だったのだ。いや、アルベルトがあんなだからシーザーがこんなになったのかもしれないが。
とにかく、シーザーは折角両親が自分に付けてくれた家庭教師の講義も上の空で窓の外を眺めていることが多かった。
どうせ一生懸命やったところで、この教師もまたアルベルトと自分を比較するだけなのだ。二人を知る物は皆、シーザーそっちのけでアルベルトを評価した。
けれど、それでも良かった。
アルベルトは自分には優しい兄だったから。 シーザーのだらしなさを窘める事はあっても威張ったり蔑んだりはしなかったから。

だから、ここだけの話。
本当は密かに憧れてもいたのだ。



それが崩されたのはしばらく後の事。
あれはそう、アルベルトが仕官し始めた頃だ。
ハルモニアと周辺国でとの間に小さな諍いがあった。
それ自体は珍しい事ではない。父とアルベルトが夕飯の席でたまたまその話題を交わした。シーザーには詳しい事は分からなかったが、二人はその戦術について議論をしていた。軍師として赴くのはどうやらアルベルトの知り合いのようだった。

「反乱自体は大した規模ではありませんからね。これくらいのものならすぐに止められるでしょう」

結局、アルベルトがそう評してその話は終わった。
それから数週間後。反乱は無事終わった。 終わったが、ハルモニア側にも多大な損害が出たようだった。
それを聞いた直後、シーザーは居間で地図を眺めている兄を見つけた。

「地図なんて、どうしたんだ?」

真剣な眼差しの兄を見てシーザーが問いかけた。

「先日の反乱だ。予想はしていたが、悪い方に転がったようだったな」

予想していた?と、シーザーはアルベルトの言葉を繰り返した。

「敵が地の利を生かしてきた。向こうもそう侮ったものではなかったらしい。だが、これくらいのことが見抜けぬとはな」

アルベルトは事前に知っていたというのだろうか。
ハルモニアの軍が痛手を受ける事を。

「なん・・・で。アルベルト、知ってたんなら教えてやれば良かったのに」
「シーザー、あの戦いに軍師として呼ばれたのはあの男だ。俺ではない」
「そうだけど、でも変だろ。人の命が掛かっているってのに」
「軍師は慈善事業ではない。俺の策は俺の運命を決めるためにある」

静かだがキッパリとした言い方にシーザーはそれ以上の言葉を失った。
力を持ちながら、アルベルトはそれを無闇に使ったりはしない。
彼は確実にそれを自分の利へと変化させていく。
シーザーは時と共にそれを嫌というほど思い知らされるのだった。

そうして気が付けば、密かな憧れは無残に砕かれていた。





***





「・・・ザー。シーザー!」

大きな声が耳元で響いて、シーザーはがばっと身を起こした。
嫌な事を思い出していた。
新しい家庭教師が来るといつも兄の事を考えてしまう。
今度はどんな風に比較されるのか、と考えれば気が重い。憧れを抱いていた頃はまだ良かった。しかし、アルベルトの傲慢さに怒りすら覚える今となっては、それがひどく苦痛だ。

「シーザー。全く、あなたはいつも全然聞いてないんだから」

まどろみを妨げた目の前の人物はじっとシーザーの瞳を覗き込んだ。
シーザーの叔父に師事していたというこの人物はアップルと言い、シーザーの新しい家庭教師だった。
生真面目そうな彼女は、シーザーの態度にすっかり目くじらを立てていた。

「ねぇ、アップルさん」

シーザーは徐に言った。今日はやられる前に先手を打つ事にしたのだ。

「父さん達にはしっかり頼まれたかもしんないけど、俺って才能ないよ。そんな肩肘張らずに、適当に教えておけばいいんじゃない?あの人たちだってそんなに期待してないって」

「馬鹿にしないで」

瞬間的に強い言葉が返って、シーザーはちょっとだけ驚いた。ほえっとした印象のアップルだったが、今はシーザーを睨みつけている。

「私も軍師となるためにマッシュ先生に教えを受けてきました。軍師とは人を動かす仕事。それには人を見る目が何より大事よね」

生真面目にそう言うアップルにシーザーは仕方なく頷いた。

「私はいくら先生の血縁者だからって、適当に引き受けたりなんかしません」

シーザーは言われた意味が分からずにアップルを見た。

「あなた、私の目に狂いがあったなんて言わせる気?」

「・・・アップルさん?」

正直意外な言葉だった。

「それは、俺に期待してるって事?」

当たり前です、とアップルが答えると、途端にシーザーが顔を綻ばせた。
それを見て、アップルは小さく息をつく。
喜ぶべき事でもないが、ひねた少年にもいいかげんな男にも十分免疫があった。それに比べればシーザーなどまだまだ可愛いものだと思う。

「でも、アルベルトならもっといい軍師になるぜ」
「そうかもしれないわね。でも比較する事は無意味だと思うわ」
「どうして?」
「だってシーザーとアルベルトは違う人間だもの。彼には彼の、貴方には貴方の戦略がある」

シーザーは初めて得た自分の理解者に素直に心躍られせていた。

「じゃあさ。俺でもアルベルトに分からせる事はできるかな」

シーザーの言葉を兄へのコンプレックスだと感じて、アップルは小さく微笑んだ。



***





「で、なんでこんな所を歩いているのかしらねぇ・・・」
「いいからいいから」

現在アップルとシーザーは共にハルモニアを出ている。
理由はごく簡単。
シーザーの野望を果たすためだ。

「アップルさんだってアイツは間違ってると思うだろ。今回の事は止めて然るべきだって」
「えぇ、それはそうね。だけど私が言っているのは、何でそこで私まで来る羽目になってるのかしら、って事」

アップルも今はシーザーのアルベルトへのこだわりが単にコンプレックスによるものだけではないと知っている。確かにアルベルトは優秀な軍師だが、アップルにもその行動がイマイチ理解できないし、今回の事も、褒められた行動ではないと思う。だが、アップルが来た所でさしたる事ができないのも分かっているのだ。

「だって、アップルさんは俺を見てなきゃなんないだろ」

小さな軍師はもういい加減大きくなってはいるのだけど。相変わらずへらりと笑うシーザーが まだ目が離せないのも確かだった。
それに本当は、彼らの決着を見ていたいのだ。

「はいはい。わかったわよ」

本当かなぁ、とシーザーは間延びした声で返事をした。シーザーはいざという時以外は全くもって軍師らしくない。

「何?」
「いいえ、なんでもないわ」

アップルの視線に気付いてシーザーは足を止めた。
何を考えているのかは分からないが、向けられた視線の感じからしてあまり良い事ではないのだろう。
きっとシーザー一人で本当に大丈夫か、などと思っていたに違いない。
日頃の行いのせいか、アップルはなかなかシーザーを信用してはくれないのだ。
かつてアップルはシーザーの才を認めてはくれたが、可能性と実力は違うのだと散々言われ続けてきた。しかし、それならまだ自分には可能性があると信じて良いのだろうか。

「ホラ、今日こそはマトモな宿に泊れるように急ぎましょう」

そういって足を早めるアップルの背をシーザーは止まったまま眺めた。早く行かねばまたお小言を言われるのだろう。自分はまだまだ子供扱いだ。
それが気に入らないから、問いかけそうになった言葉をぐっと抑えた。質問というよりは確認の言葉。それが欲しいだなんてただの甘えだから。

問はただ無言のまま、その背に向かって投げかけられる。



―ねぇ、アップルさん。
 俺は、アルベルトに勝てると思う?











アルベルトとシーザーの過去を勝手に捏造。いや、だってこうでもしないとシーザーが憧れたままになってしまうんですもの。黒アルベルト。でも私はそんな彼がステキだと思いながら書いてました。救いようナシ。軍師兄弟を書きたかったのですがアップルを出したらアルベルトの存在感が薄れましたね。マイ設定ではアルベルトはシーザー好きです。軍師としては甘いと思ってるけど、弟としては可愛いと思ってる。あぁ、そんな兄馬鹿話が書きたいです。題名は浮かばなかったので某種よりパクリってみたり。





BACK






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送