たゆた
 揺うタマシイ 





ぴちゃり、と耳を突く水の音
一面の光だけが視界を埋め尽くし
透明の液体に、何かが揺れ動くイメージ





気が付いたら、寝台の上だった。
シンダルの遺跡まで真の水の紋章を取りに行って、そこで紋章が暴走したところまでは覚えている。
その後の記憶がないのは、そこで倒れたという事なのだろう。
見覚えのない天井は何処かの宿屋らしかった。
簡素な部屋には小さなテーブルと寝台のほかは何もない。
部屋の中をぐるりと見回していると、不意にノックもなくドアが開いた。

「ユーバー」

この男がルックの部屋を訪れるのは珍しい。

「どうした?」
「別に。セラがお前の様子を見て来いと」

ユーバーは無愛想に言った。
人の指示など聞かず、ものぐさなユーバーが小さなセラに逆らえない様は可笑しいとは思うのだが、それを笑えるような気分のルックではない。

「変わりはない」

抑揚のない声で告げると、ユーバーはふとテーブルの上に目を遣った。
透明の液体に浮かぶ人のパーツ。
決して見栄え良いものではない。否、醜悪と言ってもいい。

「不健康な事だな」

それが、こんなものをわざわざ持ち歩いている事に対しての嫌味だと悟る。

「そう・・・だね」

ルック自身でさえもそう思う。こんなものを持ち歩く、ヒロイズムに満ちた行動は下らない。
だからこれは、人ではないと。自らに思い知らしめるための自戒に近いのかもしれない。

「セラは何か買いに出かけた」
「アルベルトは?」
「知らん。奴は一人で動き回ってる」

そうか、とだけルックは告げた。計画に支障を来たさない限り、互いの行動に干渉しないのは自分達の暗黙のルールだ。

「じきにセラが何かもって来る。それまで大人しくしておけ」

それだけ言うと音もなくユーバーは消えた。
一人になるとルックはまた瞳を閉じた。
ルックはさほど丈夫な方ではないが、倒れる事など多くはない。
こんな事は、もうどれくらいぶりの事だろうか。




***




「ルック!!」

ドアのノックと共に返事も待たずに扉が開かれた。こちらはその音によって目を覚まされたと言うのに、声の主は気に求めずにバタバタとベッドの傍まで駆け寄って来た。

「ルック?」

寝台の上のルックの顔を無遠慮に覗き込んでくる瞳と目が合った。額には輪が見え、くるりとした茶色の瞳が不安げに揺れている。

「何?」
「何って・・・大丈夫?」

見れば分かる、と愛想なく言ってルックは目の前の少年の肩を押した。
こういう姿を晒すのはルックにとって好ましい事ではない。だが、起き上がろうとした体は素直にいう事を聞かなかった。

「無理しない。まだ本調子じゃないんだから」

別方向から声がして、黒髪にバンダナを巻いた少年が目に入った。

「すごい魔法だったらしいね」
「すごかったんですよ。おかげで僕らは助かったけど、ルックが倒れたって聞いてすごく心配で」

口々に言う二人にルックは煩いな、とだけ小さく呟いた。
確かに、自分らしくはなくはりきってしまった自覚はあった。
どうしても嫌なものがあって。
排除したい。それだけの理由で。
表情を険しくしたルックを茶髪の少年はじっと眺めていた。

「何か、嫌な事でもあった?」

食えない男だ、と思った。リーダーなんかやっているのは似合わないくらいぽやぽやした雰囲気を持っているくせに、妙なところだけは感が鋭い。

「いつもはあんなにやる気がないのに無理するからだよ」
「君に言われる筋合いはないね」

自分の心理など悟られたくはなくて、運良く絡んできた黒髪の少年の声に無意味に反発してみる。

「―ルック程じゃない」
「以前はともかく、今は僕より早く帰るじゃないか」
「・・・!それは」
「僕は魔法専門だからね。腕力ではやる気出しても役立たないし」

始まった舌戦はしかしすぐに、くすくすという小さな笑い声によって止まった。

「・・・何だよ?」
「ううん。良かった、と思って」

訳が分からないままルックは茶髪の少年の顔を見つめた。

「ルックはそのくらい元気な方がいいね。やっぱり、二人で来て良かった」

その言葉にはルックだけではなく黒髪の少年も不満そうな表情を浮かべた。

「本当はビッキーも来たがってたんだけど、あんまり煩くしちゃいけないと思って。ルックがまだ寝てたら悪いし」

そう言う割に勢い良く駆け込んできた少年を思い出し、ルックは溜息を吐いた。

「まぁ、連れてこなかった点にだけは感謝しとくよ」

煩いだけならまだしも、寝台の上からバケツなんて降らされては敵わない。

「うん。じゃ、僕はルックが起きたって伝えてくる」
「えっ、ちょっ・・・」

ルックが言いかける間もなく少年はあっという間に視界から消えた。
傍らに目を遣れば、あきらめろと言わんばかりに黒髪の少年が肩を竦めている。

ここは、自分をかき乱すものが多すぎて。
時々、忘れそうになる。



***


どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
軽く頭を振ってルックは上半身を起こした。体はだいぶ良くなっているようで、立ち上がっても眩暈は起こらなかった。

――夢を、見ていた。

ふと寝台の側の鏡に目を遣った。
鏡に映る自分の顔も、痩せた肢体もごく見慣れたもの。
自分はもうこの姿を見飽きるくらい見てきている。あの頃と変わらない、ずっと同じままの姿。
違うのは冷え切った自分の心。
いや、あの頃も大して変わりはしなかったのかもしれないけれど。
三十年と言う時間は人の生において決して長くはない。
寧ろ短いだろう。
こんな風に絶望に捕らわれてしまうには、あまりに早すぎる時間。
もっと長い間、空しい生に縛られてきた命はたくさんいる。

――それでも、自分は。

テーブルの側に歩み寄ると自分の欠片を見下ろした。
そういえばあの二人は良く似ていたと今更ながらに思う。顔形よりその存在が、魂のカタチが。
もしかしたら彼等も元は同じパーツで組み立て方が違うだけなのかも知れない、とあり得もしない事が頭に浮んだ。

――僕らは何のために生きる?

あの、同じように生に悩んだ少年なら一体何と答えるだろうか。
埒もない考えばかりが浮ぶ。
今はもう、全てが遠い世界だというのに。

僕の目的は、

真の、目的は――


――僕を自由にしてください。



神など何処にもいないから。
願いはただ、自分で叶えるだけ。












果たしてこれを幻水3と言って良いものやら、と思うような微妙な話。ごめんなさい。
始めはセラが来て話しがこう、少しは暖かく進んでいく筈だったんですけど、ユーバーに先に行かせたら・・・(責任転嫁)
ともかく暗いだけです、反省中。
ゲームプレイ中は色々書きたいと思っていた破壊者御一行様なのですが、いざ6章を終えたら真っ白に燃え尽きて書けません。ルック−。





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