さよならではなくて 




・マクドールはダイニングテーブルにぼんやりと頬杖をついていた。
ここ数日、やる事もなくぼんやりと過ごす日が続いている。
否、やる事がないというわけではない。
しかし、ここ数ヶ月怒涛のような毎日を送っていたためか、何気ない日常には全く張り合いが感じられなかった。


ここトランの北で起こった、ハイランド王国と都市同盟との壮絶な争い。
も縁あってその戦争に都市同盟側の人間として参加していた。
その戦争が、数日前に終わったのだ。
戦争は終わったが、民は今後の国の在り方を考えて大忙しだった。
しかし、トランに住むにとってそれは関係のない話である。だから、こうしてぼんやりとした日々を送っている。

必要な時には力を貸す、と言って関わった戦争だが、リーダーのは毎日のようにを迎えにやってきた。
戦力的にを頼る部分もあったが、それよりもはリーダーとしてに何かを求めた。
もしかしたらは3年前に自分が背負っていた何かを感じ取ったのかもしれない。
は人との関わりは嫌いであったが、弟分のように慕ってくるを鬱陶しいと思う事はなかった。

「寂しいですか?」

籠を持ったグレミオがひょっこりと現れてに声を掛けた。
は数日前、王座に着いて欲しいという人々の要望を押し切って旅に出てしまっていた。

「別に・・・」
「そうですか。ここ数日、元気がないですよ」

そう言うとグレミオは栗の入った籠をテーブルの脇に置き、座って皮を剥き始めた。

「一緒に行けば良かったかもしれないですね」

の方へ顔を向けずに、グレミオは小さく言った。

「何言ってるんだよ」
「だって、誘われたのでしょう?」

ははっとして顔を上げた。グレミオには何も言っていないというのに、全く侮れない。


『一緒に行きませんか?』


確かに、はそう言った。
けれど・・・。


「そんなことできるわけない」
「ナナミさんも良い人だったじゃないですか」

グレミオは直接城へ行ったことはなかったが、を迎えに来たに一緒についてきた彼の姉とは色々と話をして好印象を得ていた。

「そうだけど・・・」
「もしかして、もう一人の幼馴染って人が気になるんですか?」

グレミオの言葉には口を噤んだ。

「きっと仲良くしてくれますよ。だって君の幼馴染なんですから」
「元ハイランド教皇だぞ」
「それはそうですけれど・・・ね」

グレミオは困ったように首を傾けて、案外人見知りですねーと言った。

「そういう問題じゃないよ。ここにはグレミオがいるし」
「私のせいですか?」
「いや、それは違う」

これは本当だ。
渋るに、それならグレミオも一緒に、とは言ったのだから。

「・・・の紋章は・・・完全じゃない」

自分と同じじゃない、とは言外に告げた。

「・・・それで、一緒に行かなかったんですか?」

グレミオが眉を顰めたが、は無言で首を振った。
そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。
本当の所は、にもよくわからない。
けれどもあの時。
がジョウイの紋章を受け取らなかったと聞かされた時。
それが彼の優しさと知りながらも、心のどこかで。

―裏切られた、と思いはしなかったか。




「する事がないなら、坊ちゃんも皮を剥いてくれませんか?」

たくさんあるんです、とグレミオは手にしていた栗を指差して言った。の気を紛らわせようとしているのであって、彼がそれを面倒と思っているわけではない事は分かっていた。

「そうだな。でもやる事はあるんだ」
「何をするんですか?」
「『笑う』練習をしておかないと」

グレミオが不思議そうな顔をしたのを見て、はくすりと笑った。



最後まで素直になれなかったのは結局は自分の弱さ。
を必要だと言っていたが、本当に必要としていたのはの方だったのかもしれない。
それに気が付いたから彼を拒んだ。
結局は、そういう事なのだ。

瞳を閉じれば姿が浮かぶ。
愛しさが込み上げる。
生きている以上、数多訪れる『別れ』。
―けれど、これはまだ、さよならではなくて。




+++




「3人で旅に出る事にしました」

国を出たその足で、はここへやって来た。残りの2人はバナーに置いて来たらしい。
グレミオはいつもどおり歓迎したが、の心中は穏やかではなかった。
国を率いないという決断自体は驚く事ではない。
けれども、彼が何よりも友を選んだ事など、わざわざ報告されたくはなかった。
一通り報告を受けた後、バナーの村へと続く森まで送りに行った。最後の別れを惜しむつもりではない。ただ、何となくそうしたかっただけだ。
村が見えるところまで来ては足を止めた。
が村まで来る気がない事を知りに向き合った。
しばらくまっすぐに視線を合わせて、はふっとそれを外した。
別れの言葉など、聞きたくなかった。

「・・・良ければ、さんも一緒に行きませんか?」

だがは予想外の言葉を告げた。
どういう表情をしたのか、自分ではわからない。
あまりに意外で、驚き、戸惑い、けれど嬉しかったのも確かだ。

「・・・いや」

しかし硬い声で返事を返した。
どうして、と。グレッグミンスターに居るつもりはないのなら、と。は色々と食い下がった。
それでもどうしても頷く事はできなかった。
何故そこまで頑なになっていたのか、今となっては分からない。

「完全なる真の紋章を持たないなら、といても仕方がないだろ」

結局、を冷たい言葉で切り捨てた。
すっと血の気をなくし、彼はそれきり諦めたように口を噤んだ。
を、傷つけた。

その表情に、気持ちが揺るがなかったわけではない。
だから。
平気で3人で国を出ると言ったのはなのだと。
自分よりも友を選んだのはなのだと。
は自分に言い聞かせた。

「ごめんなさい。でも、僕は・・・それでも、さんと一緒に居たかったんです」

は儚げな笑みを浮かべた。

「どこかで、また会いたいです」

山裾の方から強い風が二人の間を抜けた。

「また会ったら、その時は・・・」

の小さな言葉ははっきりとしないまま風に攫われた。
次の瞬間、は持ち前の俊敏さでぎゅっと抱きついてきてはあっという間に離れた。
頬に触れる柔らかなの髪の感触。
唇はさよならの言葉さえ紡げず、は小さくなっていく彼の後ろ姿をただ見送るだけだった。







・・・その時は、笑ってください。

冷たい液体が頬からぽたりと地面に滑り落ち、はその時になって初めて、自分が泣いている事に気が付いたのだった。










グッドエンディング後の坊主。グッド・・・?
暗い〜。スミマセン、すみませんー。
何がしたいのじゃ、自分〜。





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