表面上何も変わらない、戦いに明け暮れる日々。 人と言うのは厄介なものだと思う。どんなに嬉しかろうとも悲しかろうとも、気持ちとは無関係にそれぞれの役割があって、自分達はそれを全うしなければならない。特に自分たちは死と向かい合わせであるのだからどんな時でも油断は禁物だ。 私事に拘っている暇などない。 それは良くわかっている。わかってはいるのに、気持ちが追いつかない。 どうしても、思考がそちらへ行っている。 「お疲れ様でした。お怪我はありませんか?」 相変わらずの言葉をかける。自分達が主君と臣下である以上変わる事はない形式上の関係。 「あぁ。快勝だ」 違うのは視線すら合わせられない事。 それでも仕方がないと思った。 ロイはそれだけ言うとするりとウォルトの横を通り過ぎた。 ちくりとする胸の痛みにさえもう馴れ始めている。 こうして慣れていき、いつかは立派は臣下となれるのだろうか。 こうやって遠くなってしまってもロイの事が大事でないわけではない。 いや、むしろ大事に思う。 いつだって戦場のロイの事が心配だ。 こうして戦場に出れない日は気が気ではないくらいに。 突然背後でどさりと音がした。 考え事をしていたウォルトもすぐさま我に返り振り返った。 瞬間、さっと全身の血の気が引くのがわかる。 すぐ先の床に、今しがた歩いて脇を通ったロイが突っ伏している姿が目に入った。 「ロ、ロイ様!」 叫んだ声は自分のものとは思えない程調子外れだった。 「体に異常はありません。疲れがたまっていたのでしょう。今日は栄養を取ってゆっくり休めば大丈夫です」 シスターの声もどこか遠くで聞こえるような気がした。ウォルトは血の気の失せたロイの顔を食い入るように見つめてた。 「ウォルトさん。真っ青ですよ」 「あ・・・」 「ロイ様は大丈夫ですから。」 シスターエレンがウォルトを安心させるように細かくロイの具合を説明した。 しかしどんなに大丈夫だと聞いてもウォルトは落ち着かなかった。このままロイを失う、そんな焦燥感が拭えない。 死ぬような怪我もない事はわかるし、今までだってこれ以上に瀕死のロイの姿も見てきたのだ。 けれども最近ずっとウォルトに圧し掛かっていた不安がどうしても心を波打たせる。 そばにいるのに遠くなっていく主君。 どうしてだろう。自分は適度な距離を望んだというのに、今更こんなに不安になるなんて。今はこんなにも心が痛む。 近くにさえいる事ができればよかったのに、手の届かなくなる所へいってしまう気がする。BR> ウォルトは忙しいシスターの代わりにロイの傍で様子を見る事にして、ベッド脇の椅子に腰掛けた。 横たわったロイの青白い顔を見ているのと辛くて、ウォルトは窓の外に視線を移した。 それでも脳裏に焼き付いて離れないロイの顔が浮かんできて、ウォルトは顔を顰めた。 ――最近どうしようもなく、あなたの事ばかり、考えている。 「あ、れ?」 薄く目を開いたロイの目には、ベッドサイドの椅子に座ったウォルトが息を吐く姿が映った。 「良かった・・。お加減はいかがですか?」 寝かせられている自分の状況を確認して、ロイはようやく倒れたのだと言う事を思い出した。 軽く周りを見て傍にいるのがウォルトだけだということを確認する。 「急に倒れたので吃驚しました」 「・・・そうか」 「シスターが言うには疲れが出ただけのようですが、ゆっくり休んで下さい」 ウォルトがそう言ったところで2人の視線が合わさった。 至近距離でその瞳を見るのはひどく久しぶりに見たと思った。 「ありがとう。もう大丈夫だからウォルトは戻っていいよ」 「はい」 ウォルトは答えたが動きはしなかった。 「ウォルト?」 椅子に腰掛けたままのウォルトをロイが不審そうに見上げた。 「行っていいよ」 もう一度言うとやはりはい、と答えが返った。今度こそ腰を浮かせたが、浅く腰掛け直しただけで真摯な眼しでロイを覗き込むようにした。 「・・そんなに痩せないでください」 急にそんな事を言われてロイは不服そうに唇を尖らせた。 「ちゃんと食べてる。痩せるのは僕の勝手だろう」 「そんなことありません。ロイ様は・・」 言いかけたウォルトの発言は遮られ、ロイの声が被さった。 「大事なこの軍のリーダー指揮官だから」 そうだろ、と言ってロイは顔を反対側へ向けた。ウォルトは神妙な顔付きをした。 「でも、指揮官が必要なら痩せようが太ろうが働いてくれさえすればそれでいいです」 「痩せたら結果的に体力が落ちて働けなくなるだろう」 「でも、女性はスリムな指揮官の方が好むかも知れません」 「・・・何が言いたいんだ?」 今日のウォルトは変だ、とロイは不機嫌に言い放った。そもそもこんな風にウォルトと二人でいる事自体不服に思っているに違いない。 「変なのはロイ様のせいです」 「な・・にを。主君の心配は臣下の役目かもしれないが、変な言い掛かりはやめてくれ」 「すみません。そうですね」 ウォルトは気持ちを落ち着かせるようにふぅと息を吐いた。二人きりでいることに妙な緊張感を覚えているのはウォルトも同じだ。 「でも、やっぱりロイ様が倒れたせいです。いろいろ決心つけた筈なのに」 「・・・決心?」 「僕は立派な臣下になると決めました」 「知ってる。それと僕のせいと何の関係があるんだ」 「ロイ様のためになんでもしたいと思っているのに、そのロイ様が倒れたりしたら、僕は臣下として何をしてたんだろうって」 「・・・」 「すみません」 「謝られても困るよ」 それでもすみませんと謝るウォルトに、ロイは降参したかのように固い表情を緩めた。 「もういいよ。それより、久しぶりだね。こんな風に話すの」 ぽつりとロイが言った。毎日会っているというのにこんなにゆっくり話すのは本当に久しぶりだった。。 「ロイ様はお忙しいですから」 「それだけじゃないんだけどね」 「無理しすぎだとシスターも言ってましたよ」 「うーん」 曖昧に応じるロイにウォルトはマジメな顔で1つだけ約束してください、と言った。 「もう倒れるような無理はしないでください」 絶対に、と強く念を押す。ウォルトはどうにかなってしまうくらい心配したのだし、他のメンバーだってロイが倒れたのを見て大慌てしていた。自分の存在の意味というのをもっとよく自覚してもらいたいものだと思う。自分を頼って欲しいとは言えないけれど、少なくともロイには頼れる仲間がたくさんいるのだから。 「わかった。じゃあ、交換条件だ。僕もひとつだけ・・・」 神妙な顔をして人差し指を立てるロイにウォルトは無言で頷いた。 「ウォルト、この間の事はなしだ。もう呼び捨てしろなんて言わないし、これ以上親しくして欲しいなんて言わない」 ――だからどうか今ままで通りにして。 囁くように言われて、ウォルトはまるで後ろから切りつけられたような衝撃を感じた。 この主君はどうしてこんな事を言うのだろう。 そんな懇願の表情を浮かべられてしまえば、自分に逆らう術などありはしないというのに。 「それは、できません」 けれどもウォルトはそう口に出した。 一度壊れたものは戻そうとしても全く同じ形には戻らない。 自分とロイとの関係も同じ事だ。 全く同じものには戻れるはずがなかった。 少なくとも、自分はあの時には戻れない自覚がある。 「同じになどできません」 ウォルトの言葉に、肩を落としたロイの瞳がわずかに揺れた。 「遅くなってしまったけれど、漸く気付いたんです。誰よりも大事だって気付いてしまったんです。ただの主君なんかじゃない。あの時よりずっとロイ様が大事なんです」 ロイが思い切り面食らったような顔をした。 少し考えるようにして、それからありがとうと微笑んだ。 その表情はウォルトが久々に見るロイの笑顔で、嬉しさがこみ上げてくる。 その微笑に促されるように、唐突に、告げなければいけないと思った。 だいたい自分も鈍いという自覚はあるが相手もなかなかの人物なのである。 「ロイ様」 ウォルトは椅子から立ち上がるとロイに近付いてその手を取った。 突然の事にロイが目を丸くした。何が起こるのかわからず様子を伺うロイをよそに、ウォルトは恭しくその手に唇を寄せた。 「好きです」 まっすぐにその瞳を見つめ、花のような微笑みが浮かぶのを見た。 君と僕との距離はいつだって不確かだけど 手を伸ばせば簡単にわかる こんなに近くにいるって事
告白編。
そのもどかしさ、少女漫画の如く。 もの足りねぇ!とお思いの方はオマケへどうぞ。 期待は禁物ですが。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||