街は国の内外から集まってきた数多くの人々でかつてない程の賑わいを見せていた。 昔ロイの軍で共に戦った仲間達の多くも、親善会談には出られないにしろ、折角の多くの仲間が会する機会だからという事で、舞台や晩餐会のためにこの地に集っている。 そして今、エトルリア最大を誇るホールには招待客を始め観光客、王宮の人間、一般市民に到るまで数多くの人々が押し寄せていた。 いずれは劣らぬ名門の 両家に絡む宿怨が 今また招く不祥沙汰 宿世つたなき恋の果て 御清覧、伏してお願い申し上げます 』 満員の会場の中、ついに舞台の幕が切って落とされた。 練習はいつも普段着のままであったし、場所も会議室や倉庫などといった風情のない場所で行なわれてきた。 だから練習は十分なものの、不安が消えない本番である。 会場の雰囲気に飲まれる、と普通言われるものだが、肝の据わったエトルリア軍の勇士達の殆どは会場の雰囲気を利用して逆にいつにもまして役に徹していた。 パーシバルはいつも通りでこそあったが、かといって別段緊張した様子も見せなかった。素っ気無い演技は逆にそれが客側にはクールで聡明な印象を抱かせ、ロミオの何気ない動作の一つに会場から女性達の吐息が漏らされた。 まずは女性客の心を掴んだ、とセシリアは舞台そでで一人満足気に微笑んだ。 次なる問題は、と舞台の進行具合をチェックする。そろそろ出番だ。 そして問題のヒロインが黄金の髪を靡かせて舞台の中央に進み出た。 会場のあちこちで息を呑む気配や小さなざわめきが起こった。 《一階席左》 「で、あの高飛車な嬢ちゃんは出るのか」 どっかりと椅子に凭れたデュークは腕組をしながら呟いた。 「知らん」 デュークの問に即座に隣の剣士―ルドガーは答えた。 二人は舞台を鑑賞するに相応しい姿とは言えないものの、一応彼らにしてはまともな格好をしてきたつもりである。 「お前、何か聞いてないのか?」 「お前こそ、知らないのか?」 「あぁ。クレイン坊ちゃんも今回は招待状すらくれなかったしな」 「お前なんかと関わってもロクな事がないと分かったのだろう」 「何だよ、それは」 ルドガーの言い様に反論しかけたデュークだったが、自分からリグレ家との繋がりを絶っていたのだから文句を言えた義理でもない。しかし、いざこうした機会に何の音沙汰もないというのは寂しいものだ。そう考えながら高い天井を仰いでしんみりしていると、唐突にルドガーから肩を小突かれた。 「オイ」 「あ?」 「舞台、良く見ろ」 「何だ?・・って、あぁ!?」 思わず大きな声が出てしまい周りから鋭い視線が向けられるのが分かったが、デュークの視線は舞台から外せずにいた。 「ちょっとデュークさん。声大きいよ」 丁度デュークの前の席に座っていたシャニーが振り返り、口元に人差し指を立てた。 「周りの人に迷惑掛けちゃダメだよ。ね、お姉ちゃん・・・あれ、お姉ちゃん?」 シャニーは何気なく隣のティトに同意を求めたが、何の反応も示さない姉を不審に思いその顔を覗き込んだ。 ティトは舞台を見つめ、表情を強張らせたまますっかり固まっている。 シャニーはどうしていいか分からずに後方を振り返ったが、デュークの方も口を半開きのまま舞台を凝視していた。 仕方なくルドガーを仰ぎ見ると、ルドガーはただ首を振った。 「今は放っておけ。ショックなんだろう・・・色々と」 舞台上のヒロインを見ながら、ルドガーはクレインが何の連絡も寄越さなかった理由に深く納得したのだった。 《VIP席上部》 「あぁ、愛し合っているのに結ばれない運命だなんて!」 リリーナは予め手渡されたパンフで概要を読んだ時から既にハイテンションだった。年頃の娘らしくリリーナもこうした恋物語に大いに関心を持っている。それに許されざる恋、なんてなんとも乙女心を擽る設定である。隣に座るロイはリリーナとは幼馴染。リリーナの現実の恋の方は日頃から些か刺激不足気味なのである。 「ちょっとリリーナ。少し落ち着きなよ」 ロイはリリーナの乙女心を気にも止めず冷静に言った。一瞬腹を立てそうになるリリーナであったが、ロイのいう事が正論であるために大人しく深呼吸を一つする。 「それにしても、あのジュリエットすごく綺麗だね」 全く男と言うのは、と溜息を吐きかけたリリーナであったが、舞台の上のジュリエットに目を遣るとしばし凝視した。 「あのジュリエット、何か見覚えある気もするわね」 え、とリリーナの言葉にロイも舞台を真剣に見つめる。 「・・・確かに」 「エトルリアの人でしょ。あ、もしかしてクラリーネかしら?」 「え?少し見ないうちに随分雰囲気が変わったような・・・」 二人は舞台上のヒロインを見ながらひそひそと囁きあった。 「ロイ様。あの・・・」 静かに囁いている二人にロイの反対隣に位置していたウォルトがおそるおそる口を挟んだ。 「あの・・・お声が」 声?と、鸚鵡返しに聞き返した二人は次いで舞台から流れるジュリエットのセリフに耳を疑った。 それは滑らかだけれど、女の声にしては低いもので、しばしのブランクがあるとはいえ二人には十分すぎるほど聞き覚えのある声だった。 「「ク、クレイン将軍!?」」 恐るべしエトルリア、とロイが思ったかどうかは定かではないが、二人はそのまま黙って舞台に釘付けになった。 これまで妙に照れの抜け切れなかったクレインも今日は見違えるほどに役を演じきっている。 本番には強い性質だったのかもしれないし、もしかしたら完璧なまでの女装っぷりが逆に何かを吹っ切らせたのかもしれない。 まぁこの際理由などはどうでもよく、とにかく舞台の方は絶好調であった。 観客はカボチャと思え、とは本番前セシリアが皆にかけた言葉であったが、クレインにとって客席の方は思ったほど気にはならなかった。 ただ愛しい男の事を思う女を演じる、それだけに集中した。 そうして舞台上の恋人の顔を見つめる。 この相手とは決して結ばれないのだ、と切なさに身を焼いて。 何度も練習した睦言に一時だけの本気を込めて、目の前の相手に愛を誓う。 《一階席右》 「神父役が必要ならば私に声を掛けてくださればよかったのに」 「神父様なら他人様の恋路の手助けなんかせず、ご自分が口説いてしまうじゃないですか。ああいった役どころは到底無理です」 純白の僧衣に身を包みながら、その中身は煩悩で溢れ返っているサウルにドロシーはキッパリと言い放った。以前は『サウルの護衛』として付き従っていたドロシーだが、平和になった今では『サウルから一般女性を守る護衛』としてやはり同行しているのである。 「相変わらず分かってませんね、ドロシーは。あれだけの美人なら口説くのは男として当然ですよ」 「わかってないのは神父様ですよ?あれ、男の方ですよ」 「とんでもない、分かってますよ」 思いのほかあっさりとサウルが答えて、ドロシーは呆れてしまった。 「神父様、どっちでもいいんですか?」 「そういうわけではありませんが、あれだけの美人なら・・・」 陶然と舞台を見つめるサウルの眼差しは本気のもので。 ドロシーはこれからはより一層の護衛が必要なのだと大きな溜息を零した。 《2階席左》 「私、こういう舞台って見るのは初めてなんです」 隣に座る姪はそう言って先程まで少女らしくドキドキとしていた筈だった。だが。 「先程の決闘のシーンですけど、さすが本物の騎士を使ってるだけありますね。真剣使ってるんでしょうか?音が違いますよね」 隣から聞こえてくる会話に男は密かに脱力していた。 「フィル」 「なんですか、叔父上?」 振り向くその顔は可愛らしいのだが、この娘は年頃の娘にしては色気のない事ばかり考えていて時折心配になる。 「女の子なんだし、その、もうちょっと・・・見るべきポイントと言うか」 「どういう事でしょうか?」 「はぁ・・・。君はどう思う?」 会話の噛み合わない姪にカレルは肩を落とし、フィルの隣に座るノアに声を掛けた。 「はぁ。やはり演技と言ってしまうには勿体無いと思います。私は騎兵ですからロミオ役のパーシバル将軍の戦いぶりは非常に参考になるものだと参戦中から注目しておりまして・・・」 実際カレルがどう思う、と問うたのはフィルについてであったのだが、滔々と語りだすノアにカレルはゆっくり息を吐いた。 「剣聖と謳われたカレル殿から見ると、不満がおありでしょうか?」 「いや・・・」 不満、というよりカレルとしてはただこの姪の行く末が心配になってしまっただけなのだが、当の本人はともかくその恋人(未満)までもが何の疑問も抱いていないのならば何もいう事はない。お似合いの人物が見つかって良かったと思う反面どこかわびしく思いながらも、カレルは一人舞台に集中する事にした。 《2階席右》 「ルゥ、ほら」 瞳を潤ませているルゥにチャドはポケットから出したハンカチを差し出した。 「あ、ありがとう。チャド」 「ったく、芝居なんだからマジになるなよな」 ハンカチで目頭を押さえる兄に向かって、アームに肘を乗せて頬杖をついていたレイは冷ややかに言った。 「レイ。それはそうだけど」 どんなに好きでも一緒に居れないのは寂しい。そういう気持ちはルゥも十分に知っている。だから例え劇だと分かっていても悲しいものは悲しいのだ。 ルゥは縋るような視線だけでレイにそれを告げた。 正しく伝わったかどうかは本人すら知る所ではないのだが、レイは両手でぱっとルゥの肩を掴んだ。 「安心しろ。俺はあんな男とは違う」 「違うって何が?」 唐突な発言に突っ込んだのはチャドである。 「もうどこにも行かない。俺はルゥを守る」 「レイ・・・。うん、ありがとう」 大真面目に吐かれた場違いなセリフを受けて、ルゥは嬉しそうに微笑んだ。 「おい、お前ら。それはなんか違うんじゃないか?」 チャドの呟きは悲しいかなこの兄弟には全く届かないのであった。 目の前に横たわるのは愛しい人の亡骸。 『ロミオ様。一体どういう事ですか・・・?毒を飲まれたのですか?なぜ・・・?』 悲しいすれ違いに気付かぬまま、ジュリエットは愛しい男の屍の前に力なく崩折れた。 『私にはただの一滴も残さずに飲んでしまったなんて』 傍らに残された空の毒瓶を手に取り、ジュリエットは倒れているロミオの唇に触れた。 唇にはまだ毒が残っていないだろうか。 『・・・唇は、まだ温かいのに・・・』 そっと唇を合わせた。 最期の口付け。 ジュリエットはロミオからさっと短剣を抜き取ると、銀色の光を放つそれを躊躇いもなく胸元に突き刺した。 そうしてそれきり。 残されたのは、折り重なるように倒れた二人の姿だけ。 今回が一番難儀でした。こう、組み立ての部分で。
という事で未だに納得いかず、大変読みにくい構成になってます。すみません。 劇を追って書いても仕方ないと思い別視点で書こうとしたんですが、情緒を解さない観客達で雰囲気ぶち壊しです〜。 さて、 観客`sで一番おバカなのは一体どこの集団でしょう? 残すところ後一話。よろしくお付き合い下さいませ。 |
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