は花のエトルリア ―特訓―



今日も今日とて強制的に訪れる仕事上がりの演劇の練習タイムが終わった。
「ちょっと宜しいですか?」
パーシバルは練習後だと言うのにセシリアに呼び止められて顔を顰めた。
今日の練習はセリフをしっかり覚えていた筈である。舞台にはあまり乗り気ではないパーシバルだが、練習になるとすっかり顔つきの変わるこの総監督の不興を買わない程度にはしっかりやっているつもりである。
「そう睨まないで下さい」
「これ以上難題を押し付けられても困るのでな」
低く言うパーシバルにセシリアは苦笑を浮かべた。
「難題ですか・・・。ある意味ものすごく難題なんですけれども」
「何だ?」
関わりたくないとは思うものの、珍しく歯切れの悪いセシリアにパーシバルは思わず尋ねた。
「実はお相手役がものすごく下手なのです。パーシバル将軍にはなんとか頑張ってもらわないといけないと思いまして」
お相手・・・?と考えてからパーシバルはそれがジュリエット役を指している事に気が付いた。
「私以下の演技とでも言いたいわけか」
「そうですわね。あちらは演技以前の問題なんですけど」
セシリアはいつになく難しい顔で唸った。真剣に悩んでいるらしい。
「そんなに酷いヤツなのか」
「いえ、酷いと言うか・・・。ちゃんとやってくだされば舞台の華になるのは間違いありませんわ。ただ、何と言うか・・・。お相手が将軍と知れ ば、いくらなんでもまずいと思って真剣にやって下さるかしら」
先程からのセシリアの発言にパーシバルは未だ知らない共演者の事が気に掛かった。
期待していたわけではないが、そこまで言われる相手とはどういう人物なのか不安になる。パーシバルも出来ればアクの強 い相手とは共演したくはない。
「いつになったら共に練習するんだ?」
「近日中には。本当はもうちょっと特訓が必要なんですけど、将軍にもご迷惑掛けますわね」
「いいだろう。あんまり下手なら降ろしてやる」
パーシバルは自分の演技は棚に上げて尊大に言い放った。
「あら、それは困りますわ。しっかり使えるように刺激してやって下さい」
セシリアは珍しくやる気を見せたパーシバルにキラリと目を輝かせた。


+++


クレインは重い足取りで呼び出された部屋へと向かった。
今日は倉庫等ではなく普通の小さな空き部屋である。 扉を開けるとまだ誰も居ない様子でクレインは取り敢えず持参した台本を開いた。
別段セリフが覚えられないわけではない。 セリフを覚えるのはクレインにとって苦ではないのだが、どう演じたらいいのかさっぱりわからないのである。
「はぁ・・・」
クレインがため息をつくと同時にきぃと扉が開いた。
無意識に扉の方へ視線を向ける。
「パ、パーシバル様・・・!」
思いもよらない人物が入ってきて、クレインは思わず凭れていた窓枠から身を起こして居住まいを正した。
「クレイン。お前も出演するのか」
パーシバルはそう言うと後ろ手で扉を閉めた。
「えぇ。パーシバル将軍もでしたか・・・」
クレインは先程までの重い気分をさらに悪化させた。
パーシバルはクレインがジュリエット役についた事を知られたくない人物の筆頭ともいえる人物である。
騎士として長い間憧れているパーシバルには情けない姿など見せたくなかったというのに、よりにもよって一緒に練習までしなければいけないというのは苦痛極まりない。
クレインが悶々とそんな事を考えていると、セシリアも部屋へやって来た。
「始めましょうか」
セシリアは腕をまくまで始めてやる気が漲っている。
「あの、他の方は?」
「突然ですけど、今日は二人でお願いしますわ」
セシリアの言葉に二人は驚いて声を上げた。
「二人・・・?」
「・・・だけですか?」
「えぇそうです。 ロミオとジュリエット。舞台の成功の鍵を握る二人がさっぱりじゃお話にならないんですもの。しっかり特訓をしないといけないと思いまして」
主役、と聞いて二人は顔を見合わせた。
「主役・・・って、パーシバル様?」
「クレインが・・・?」
「あら、ここに来て気付いてませんでしたの?」
セシリアは可笑しそうに笑った。
「では紹介しましょう。こちらがロミオ役のパーシバル将軍。こちらがジュリエット役のクレイン将軍ですわ」
セシリアの紹介にクレインは気も遠くなりそうな思いでパーシバルを見つめた。
パーシバルの容姿なら主役も十分こなせる。
そうは思うものの、パーシバルの性格から考えれば意外としか言いようがない。
一方パーシバルはと言うと、いくらクレインがそこらの女よりも整った顔立ちだとはいえ、まさか女役だなどとは考えもしなかった。
「では、始めますわよ」
唖然とした二人の気持ちをよそに、無常にも練習が始まった。


「いいですか。これはクレイン将軍に女役を慣れて頂くための特訓です」
「はい・・・」
「今日は人も少ないんですから照れずにやって下さい。では、基本ですからとりあえずバルコニーのシーンを」
何の基本なのやら、と思ったがクレインは黙って頷いた。

『あぁロミオ様。貴方はどうしてロミオ様でいらっしゃいますの』

クレインの棒読みにセシリアはあからさまに眉を顰めた。

『どうか貴方の家名をお捨てになって。そのお名前の代わりに、この私の全てをお取りになっていただきたいの』

セシリアは取り敢えず突っ込みたいのを我慢して目でパーシバルを促す。

『お言葉どおり頂戴いたしましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください』

どうでもいいが僕という一人称がパーシバルにこれほど似合わないとは、とセシリアは内心で思っていた。
そして淡々と交わされていく二人の愛の言葉にセシリアは大きく息をついた。
二人とも感心なまでにセリフはよく覚えてきている。
だが、それではダメだ。
二人は主役で、ここはメインのラヴシーンの一つであるのだから、もっと観客を惹きつける芝居をしてもらわねばならない。
「二人とも気持ちがこもっておりませんわ!ヤル気はありますか?」
1シーンが終わるとセシリアは檄を飛ばした。
思いつく限りの注意点を捲くし立てる。クレインは肩を落とし、パーシバルは眉間に皺を寄せている。
「以上を気をつけてもう一度行きます」
セシリアは有無を言わせない強い口調で言った。
はっきり言って、いつにも増して気合が入っていた。




「ちょっと休憩しましょう」
しばらくの練習の後、セシリアは明らかに苛立たしげに息を吐くと部屋を出ていった。
クレインはそれを見遣ってヘナヘナと壁伝いに床へ座り込んだ。
セリフをこなすクレインは勿論だが、それに対していちいち声を張り上げているセシリアも相当疲れているだろうに。
何故そこまで気合が入っているのかは分からないが、大変な事に関わったものだと今更ながらに感じていた。
「クレイン。大丈夫か?」
「あ、はい。すみません、ご迷惑をおかけして」
「いや、おまえのおかげで私が睨まれる回数が減っている」
そう言ってパーシバルもクレインの横に腰を下ろした。
「セシリアもいつもは私の演技に文句ばかりだからな」
確かにパーシバルのセリフは淡々としていて、セシリアはしきりにもっと情熱的に!と叫んでいた。
「これって真面目な劇なんですよね」
「セシリアのあの気合の入れようは単なる余興とは思ってないだろうな」
「そうですよね・・・」
国の大事だとかセシリアがしきりに説いていた事をクレインは思い出した。
「悲劇・・・なんですよね。僕なんかヒロインにしたら喜劇ですよ。いっそ笑いを取るつもりでしょうか」
クレインを使ったらシャレにはならない、とパーシバルは思ったが本人は分かっていないのだろう。
「少なくともセシリアは悲劇をやるつもりだろう。お前を立派な女役に仕立ててな」
「そんな姿をロイ将軍達に見られるのかと思うと、恥ずかしい限りです」
クレインは俯いた。
パーシバルだって好き好んでやっているわけではないが、ロイ達に見られる事を思うと、女役等を宛がわれたクレインに比べたら余程マシだと思わずにはいられない。
パーシバルはクレインの頭の上にそっと手を載せた。
「確かに恥だな。私も馬鹿げたセリフを言わなくちゃならない」
クレインは顔を上げ不服そうな表情のパーシバルを見た。自分の恥ずかしさで気にしていなかったが、パーシバルのセリフも実にわざとらしい口説き文句で、普段の彼にはおおよそ似つかわしくない。
「パーシバル様は恋人にあんな事は言わないんですか?」
「当前だ」
「あ、パーシバル様なら言わなくても女性は落ちますね」
「・・・おまえが言うな」
「?どうしてです?」
無愛想なパーシバルよりも一般受けしやすい容姿のくせに、そんな事を露ほども意識していないクレインにパーシバルは嘆 息した。
「それにしても、どうしてこんな事になったんでしょうか。なんだか僕らばっかりセリフは多いし、不公平ですよね」
「あぁ。第一、こんな事が国のためになるとはどうも思えん」
「ちゃんとしたのをやらなければ、寧ろエトルリアの恥晒しになりかねませんよ」
全くだ、とパーシバルも深く頷いた。
「このまま僕等がやっていいんでしょうか?」
「いいわけないだろう。もうちょっとマシな人選があるだろうにな」
「そうですよね。少なくとも、こんな特別練習をしなければならない程の僕が主役をやるのは気が引けます。でも、セシリア将軍からは逃げられない気がしますし・・・」
セシリアのあの様子では例え自分達が何と言おうと主役を代える気は見られない。下手ならとことん鍛え上げる気だ。
「・・・じゃぁ、いっそ2人で消えるか」
パーシバルが薄く笑い、クレインの耳元で低く囁いた。
クレインは驚いて顔を上げ、 予想外のセリフに当惑したままパーシバルを見た。
「地の果てまでも追ってきそうだが、前日の夜にでも姿を消せばあるいは可能だろう」
「・・・本気ですか?」
「出たいのか?」
クレインは首を振った。
出たいわけではない。ただミルディン陛下の命令でもあるこれをパーシバルが投げ出すと言う事が意外だったのだ。
クレインは何と言ったものか考え、ただパーシバルを見つめた。
「パーシバル様・・・」
しばらくの逡巡後、クレインが何かを言いかけた。その時。
「ちょっと待った!それよ、それですわ!!」
いつの間に現れたのか、セシリアがいつになく口調も荒くずかずかと二人の前に近づいて来た。
「いいですわ、お二人とも!」
「は?」
突然興奮しだしたセシリアにクレインは訳が分からないといった顔をする。
「今の雰囲気ですわ!それなのです!」
「今のって言われても・・・」
「口調なんていつも通りで構いませんわね。いえ、寧ろ中性的な感じもいいかもしれませんわ。パーシバル将軍も 、無表情でも無愛想でも偉そうでも構いませんから今の感じですわ!」
「落ち着け、セシリア。何だって言うんだ?」
「私の理想は観客がざかざか砂を吐かんばかりの耐え難い甘さなのです!」
二人は同時に全くわからないと言う顔をした。
セシリアの理想など一般人には理解し難い。
「分からなくても結構です。取り敢えず、お二人は地でやるのが一番ですわね」
さぁ今度はそれでいきましょう、と一人張り切るセシリアに腕を引かれて二人は仕方なく立ち上がった。
そして、逃げる云々などどこかに置き去りにされたまま、セシリアの勢いに押されて練習が否応なく再開された。




::: To be continued :::





すっかりご無沙汰でございます。
ノートを無くした事が一番の原因ですが、それにしたって空き過ぎですね。
ようやく主人公二人が対面しましたが、なんだか私の思惑を裏切るかの如くいちゃついてます。
他ゲームで演劇システムをやってから、国を挙げての大事にしてしまった事をそれなりに後悔しています。
もっと気軽なノリの設定にすればさくさく書けたかもしれないのに(言い訳)。
そんなわけでまだまだ続きます。



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