色の誘惑





真冬のシレジアかと疑うくらいの冷気の中。
「私達は所詮『他人』なんですから」
冷たい声が響いた。




―酷く、疲れた。

レヴィンは思い溜息と共にベッドに身を投げ出した。
先程セティに呼び出されたレヴィンは、話をしたのはたった数分という状況にも拘らず大変消耗させられていた。 年頃の息子とはそういうものなのか、それともセティだからなのか。
どちらにせよ、あれをこの世に生みだした一端が自分にあるのかと思うと、気が重いというか世間様に申し訳ないというか。
セティはマンスターを救った立派な風の勇者なのであるから、世間的には「あんな人物が息子だったなら・・・」と羨望さえ抱かれているのだが、そんな事などレヴィンは知る由もない。
否、うっすらと感じているが今は認めたくはない。

―皆騙されている。

確かに、我ながら酷い事をしていると思う。一方的に親子の縁を切ったのだから、嫌われるのも仕方がないというものである。
だからと言ってセティのあの殺気はおおよそ親に向けるものではないだろう。
それに、とレヴィンは先程息子から渡された袋に目をやる。

―誤解も甚だしい。

そういえば私物だとか何とか言っていたか。
涼しい顔してさらりととんでもない事をいう息子にレヴィンは頭を抱えた。
そりゃあセティだって全く関係ないという年齢でもないだろうが、いくらなんでも親にこんなものを押し付けたりはしないだろう、普通は。

紙袋を開けると中にはぎっしり詰めこまれた避妊具。
先程は暗がりで気付かなかったのだが、随分とカラフルな装丁である。
その鮮やかさに、ふとレヴィンの興味が沸いた。
レヴィンはその風貌から遊んでいる風な雰囲気を纏っていたものの、中身は案外一途な男なのである。
幼馴染のフュリーと夫婦になってからは、シレジア王子という立場もあり、周囲からはすぐに跡継ぎの誕生を望まれた。当然レヴィン達だって子供が欲しかったわけであり、その結果としてセティやフィーを授った。
つまり早い話、こういった物にレヴィンはあまり馴染みがなかった。
レヴィンは恐る恐る包みから一つ摘み上げた。
鮮やかなピンク色。洒落たデザインで包まれたそれは何ともレヴィンの好奇心を煽った。
コレをどうするか、が問題である。
シグルドの軍に居た頃ならば使い道もあったろうが、今の解放軍はなんと言っても年少者が多いのが特徴である。いたずらに若者の心を刺激してはならない。かといって自分は、やはり俗世と関わるわけにはいかないのだ。
どうせ使わないものだ、と半ば自棄になってレヴィンは1つの包みを開いた。

―こんな形もあるのか。

気が付くと数種類の包みが開いている。
随分といろいろな種類があったのだとレヴィンは純粋に感心していた。。大真面目に眺めながら分析していく姿は薬屋でのセティのそれと重なり、確かな血の繋がりを感じさせるものでもあるのだが、幸いにもレヴィンがそれを感じる事はない。


不意に、ドンドンとノックの音が響き、レヴィンはびくりと体を震わせた。
いくら疚しい気持ちでないとはいえ、こんなものをベッドに広げた状態を人に見られるのは御免である。

「レヴィン!ユリアが!」

扉の向こうからセリスの逼迫した声が聞こえた。どうやら只ならぬ事態らしい。
レヴィンは急いでベッドの上のものを袋に押し込むと、ドアの方へと進んだ。

「セリスか。どうした?」
「ユリアが倒れたんだ!レヴィン、開けてっ」

その声に仕方なく鍵を開けノブを回した瞬間、セリスとユリアがなだれ込んできた。ユリアを抱えていたセリスがドアに凭れていたようだ。
よろけるセリスを支えるとレヴィンは何とか床に倒れこむのを阻止した。
セリスは抱えていたユリアを側のベッドに横たえた。

「一体どうした?」
「ユリアと屋上に行ってたんだけど、そこの階段で倒れて・・・。どうしたらいいだろう?」

レヴィンは慌ててユリアの様子を伺った。だが、別段異常な所は見られない。

「きっと疲れたのだろう。大きな問題はなさそうだ。もう救護係の者も休んでいるだろうから、明日にでも診てもらおう」

レヴィンの言葉にセリスは頷いた。

「それにしても、こんな夜中に部屋を出るとは感心しないな」

レヴィンは軍師らしく重々しい口調で言った。

「はい、すみません」

セリスは小さく言って項垂れた。自分のせいでユリアが倒れた事を反省している様子である。

「セリス、今日はもう休め」
「でもユリアが・・・」
「ユリアは私が部屋へ連れて行こう」
「でも、僕のせいだし・・・」

セリスはそう言うと、ベッドの上に手を付いてユリアへと手を伸ばす。 二人分の体重を受けて僅かにベッドが軋んだ。
丁度その時。
がさり、という音と共に紙袋がベッドから滑り落ちた。軽く閉じられていた口が中身の重みで当然のように開いた。中身がこぼれ落ち、むき出しの物体が床に転がった。

瞬間、二人の間の空気が凍りつく。

「・・・・・・」

二人とも無言のまま、視線は床へと固定されていた。
レヴィンは若い頃は放浪の旅に出て母親を困らせたりと、必ずしも威張れた人生を送っていたわけではないのだが、ここ解放軍ではちょっと謎めいた軍師として確固たる信頼を得ていた。特に若いリーダーであるセリスは、年長者で知識も豊富なレヴィンを頼りにしていたのである。
お互いに微妙な空気に呼吸すら止めていた。
我に返ったのは解放軍の盟主であるセリスの方が先だった。セリスは徐に息を吸って低く声を吐き出した。

「ユリアを、連れて行きます」

普段の威厳はどこへやら。頼む、とレヴィンは力なく答えるしかなかった。


―呪いだ。呪いなのだ。

ヤツから貰った物にはきっとおぞましい呪いが掛けられていて、触れた者を不幸が襲う事になっていたのだ。
レヴィンはすっかり混乱した頭でそんな事を考えた。
しかし呪いであれ何であれ、触れた自分が愚かだったのだ。
ぱたんと扉が閉まる音を聞きながら、レヴィンはもう何も考えたくない気分だった。


薄暗い室内には処理に困る物体と、どうしようもないレヴィンの後悔の念だけが残されていた。









一連の話はステキにダークなセティ様の話であり、レヴィンイジメなわけではありません。決して。
実を申しますと、私が始めて書いたセティとレヴィンの再会の話は、セティがそりゃあファザコン臭い話だったんですけど、
今となっては想像もつかない世界となってます。どこで軌道が変わったのやら。

 


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