ここは解放軍駐屯地。
激戦が予想されるトラキアとの戦いを控え、解放軍は比較的穏やかなこの町で物資の補給と兵の休息を取る事にしていた。 戦火が飛び火した様子のない穏やかな町の様子に、一部の見張りの者以外はそれぞれ自由な時が与えられている。 マンスターにて解放軍に加わった風の勇者―ことセティも、町に出るためにきっちりとマントを纏って廊下を歩いていた。 「お兄ちゃん!」 早足のセティを背後から元気な声が呼び止めた。 「フィー。どうした?」 振り返れば元気よくこちらへ近づいてくる妹の姿が目に入った。父を探して旅に出たセティを探しに来た、と言うなんともややこしい理由で国を出たこの妹とは、この軍で偶然にも再会した。 「これから町の散策に行くんだけれど、お兄ちゃんも一緒に行かない?」 フィーの後方には数人の仲間の姿が見えた。セティが付いて行かねばならないと言う事はないだろうと判断する。 「すまないが、今日は行く所があるんだ」 「そう。用事があるなら仕方ないけど・・・。でも、お兄ちゃん最近ちょっと変じゃない?」 「そんな事はないが」 「ううん、絶対へン。最近なんか不機嫌でしょう」 比較的感情を表に出さないセティの、本人ですら意識していなかった微妙な変化に気付くとは、さすが妹だと言うべきだろうか。 不機嫌・・・と考えてセティはすぐにその理由に思い到る。 考えられるのは数日前のあの出来事。 『私には妻も子供もいない』 思い出すのも苦々しく、自然と表情が強張った。 「何怒ってるの?」 興味深げに尋ねてくるフィーにセティは別に、と素っ気無く答えた。それ以上用事がないならと立ち去ろうとしたセティであったが、えー、と言って不満げに顔を覗き込んでくる妹の顔を見てふと疑問を浮かべた。 「ときに、フィーは軍師殿とは親しく話したことがあるか?」 セティの言葉にフィーは浮かべていた笑顔をさっと消し去った。 「・・・ないわ」 「そうか。それならいいんだ」 「お兄ちゃん・・・?」 「ホラ、早く行かないと仲間を待たせているんじゃないか?」 視線でフィーの後ろを示すと、フィーは思い出したかのように振り返る。 「もう、話を逸らして。教えてくれてもいいでしょ」 話の流れから兄の不機嫌の原因を悟ったフィーは、踵を返して歩き出す兄に向かって抗議の声を上げた。 返事もなくスタスタと歩き去る兄の背を見送りながらそっと溜息を付く。 「全く、ウチの家族は・・・」 誰にも聞かれる事ない呟きを一つ落とし、フィーは仲間の元へと駆けて行った。 一人町に出たセティは始めて来た町だというのに、躊躇うことなく路地を進んだ。 フィー達と共に町に来ても済ませられる用事ではあったが、今日は何となくそんな気分ではない。 多分フィーの言うとおり不機嫌だったのだろう、自分は。 それを他人にぶつける気にもなれず、ここ数日は自然と一人で過ごす事が多くなっていた。フィーはきっとそんなセティを心配して誘ってくれたのだ。 セティはまず武器屋に入って魔導書や杖を修理すると、次いで薬屋へと向った。 傷薬が欲しい。 何しろこの軍はセティにろくに回復役も付けずに任務を与えてくる。 セティが杖を持つ回復役を兼ねているのだから編成として問題はないように思えるが、セティにしてみれば自分を治せないのだから心許ない。 否、心許ないと言うのは自分の防御力の高さを考えれば建前である。笑顔でそんな作戦を告げるセリス、の裏でそれを考えている軍師に対する反抗心の現れに過ぎない。そしてそんな些細な反抗心が、セティを傷薬を買うと言う行動に走らせていた。 セティはいくらかの傷薬を手に取り、他に何か目ぼしい商品はないかと店内を見回した。 ふと、あるものが目に止まり、セティはそちらに歩みを進める。 ひっそりと置かれていながらカラフルなそれは、セティの気を引くには十分な存在感を主張していた。 じっくりと吟味して商品を選ぶと、傷薬と一緒に店主の立つカウンターへ差し出した。 「もしかして、セティ様・・・ですか?」 この辺りでもどうやら顔が割れているらしい。仕方なくセティは店主に微笑んで見せた。 主人は恭しくお辞儀をすると商品とセティを交互に見た。 カウンターの上にはいくらかの傷薬と何故か大量の避妊具。 「いくらになる?」 セティの声に我に返ったかのように主人は数を数え始めた。丁寧に何度も数え直しまで行なって値段を計算する。 「それにしても、解放軍は随分と人手不足なんですね」 代価を受け取りながら話し出した主人に、何故そんな事を、とセティはわずかに眉を顰めた。 「セティ様までが買い出しだなんて」 自分が軍の買い出しだと思われた事を意外に思いながら、セティは主人が商品を袋に詰める様を眺めた。 誤解するのも仕方がない事かもしれない。 たった一人で袋一杯の買い物をしてしまっている。 セティとて勿論最初はこんなに買うつもりではなかったのだが、珍しい品揃えに感心し、ストレス解消も手伝ってついつい買い過ぎてしまった。 返事のないのを肯定と取ったのか、主人は大変ですねと言いながらセティに紙袋を手渡した。 「セティ様が来てくださって感激です。どうぞ頑張って下さい」 「有難うございます。この町は戦の被害が少ないようで何よりですね」 「えぇ、本当に。マンスターでのセティ様のご活躍は伺っております。あそこで立ち上がって下さる人がいなかったら、この町だってどうなっていたものか・・・。私共も本当に感謝しているのですよ」 「いえ、私一人の力ではありません」 力説する主人にセティは当たり障りのない笑みで応えたが、セティを見つめる店主の瞳が潤み出した。 「お噂は色々と伺っていましたが、セティ様はお若いのになんと言うか・・・大変落ち着いてらっしゃいますな。うちの息子もセティ様と同じくらいの年なのですが、大違いですよ」 主人はサービスだと言っていくつもの栄養剤をセティに手渡した。 主人は店先まで出てセティを見送りながら、あんな物まで大量に購入して配給するとは解放軍は随分と兵の管理が厳しいんだな、と一人ごちた。 そして風の勇者でありながらもその買い出しを担い、小難しい顔で検証しながら照れもなく大量に買い求める青年の姿を思い出し、さすが大物は違う、と感嘆の思いを募らせるのだった。 勿論、これがセティの個人的な買い物だと店主が知る事は永遠にない。
セティ様の憂鬱な休日。
「父と息子」の続きを書いていた筈が、セティの私物入手方法を書いてるうちに思いの他長くなってきたので分離しました。 セティ様はどんな時でも堂々と爽やに黒く! という私の理想のもと、こっそり入手したりはしないのでした。 これを書いていると、置かれた状況のまずさよりも対応の仕方で人生が変わるのだと思い知らされます。 |
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