冬の夜の夢






目を覚ますと、窓の外からは陽の光が燦燦と室内に降り注いでいた。
すぐにベッドから出るには寒いので、ごろごろと起き上がるまでの僅かなまどろみの時間を楽しむ。
そんな、いつもと同じ朝、の筈だった。




ここはシレジア王宮。
シレジア王であるレヴィンは起こしに来た家臣の声を合図に寝台から降りると、衣服を整えて階下の食堂へと足を運んだ。
食堂へ入ると、既に部屋の中には愛する妻と娘――フュリーとフィーの姿が見られた。
レヴィンはいつも通り爽やかに二人に挨拶をしたが、かすかな違和感を覚えて席についてゆっくりその姿を見つめた。
なにがどうとは言えないが微妙にいつもと異なる気がしてその原因を探る。
「フュリー、お前なんか変じゃないか」
二人を交互に見てから、その原因をフュリーの方に絞るとじっと顔を見つめた。
(なんか、若くなってないか?)
そう。フュリーはフィーとお揃いのような可愛らしいドレスを身に着けている。見た目も天馬騎士だった頃のように若々しい。単品ではとにかく、フィーと並ぶと明らかに違和感があった。
どういうことなのだろうか、とレヴィンが疑問に思い始めた時、
「どうかしました?お父様」
一瞬、レヴィンは耳を疑った。
声の主はフィーではなかった。間違いなく、フュリーがレヴィンに向かっていった言葉だったのだ。
「お父様ったら。姉様はいつもどおりよ。変なのはお父様じゃないの?」
「フィー。そういう言い方はダメよ。お父様だって傷つくわ」
トドメのように二人から発される言葉にレヴィンは返す言葉もなくこめかみを押さえて頭痛を耐えた。フュリーは”父様”と言い、フィーも確かに”姉様”と言った。
どういうわけか、フュリーは自分の"娘"になっているらしい。レヴィンは乱れた思考でなんとか状況を理解しようと試みた。
悪い夢だ、とレヴィンは結論付けると、そのうち醒めるだろうと呑気に考えて、ふと未だ息子の姿が見られないことに気が付いた。
フュリーが娘となっている今、ヤツは果たしてフュリーの”兄”なのか”弟”なのか。
この状況下でさすがのレヴィンも混乱しているということなのだろう。
冷静に考えればどうでもいい事なのに、レヴィンは真剣に考え始めている。
そして、もしや、とある考えに辿り着く。
(最悪ヤツも”娘”なのかも知れない・・・)
考えたくはないことだが、あり得ない事ではあるまい。これが悪夢である以上、寧ろ望まぬ事が怒りうる可能性のほうが高い。
(あぁ、そうだ。きっと、そうなのだ。ヤツならやる。きっとヤル)
誰の嫌がらせかは知らないがこれは挑まれた勝負なのだ。
(フフ・・・負けん。たとえ奴がどんな姿で現れようとも、驚きはしない!!)
レヴィンは無意味にやる気満々だった。
突然に勝ち気な笑みを浮かべたレヴィンにフュリーとフィーはあからさまに不審な目を向けたが、幸いレヴィンはそれに気付く事もない。
「どうしたんですか?」
恐る恐る問いかけるフュリーは、若き日のレヴィンの記憶の中のフュリーそのままで、それを見たレヴィンは懐かしさがこみ上げてきた。
娘になってもカワイイ。
――ではなくて。
「ところで、セティはどうした?」
食卓にはもう一人分の食事が用意されているから、来るのは間違いないのだろう。だが一向に現れないセティにレヴィンの不安は募る。
「少しご気分が優れないそうなので、先に召し上がっていて欲しいとの事です」
レヴィン達の背後に控えていた女中の一人がそう言った。
そうか、と冷静に答えつつレヴィンは内心でホッと息を吐いた。
覚悟は決めたもののやはりセティとの接触は少ない方が身の為だと心得ている。
「では先にいただきましょう?お父様」
「そうしましょうか」
こうしてレヴィンは朝の爽やかな食卓をかわいい娘達と迎えることが出来た。
これはレヴィンの日頃の行いに対するささやかなご褒美だったのかもしれない。
だが、日頃の善行が十分ではなかったのか穏やかな時はあっという間に終わりを迎える事となる。
「セティ様」
廊下の方から女中の声が聞こえて、レヴィンはスプーンを持つ手をスッと止めた。
ギーと音を立てて扉が開く。
しかし現れたのは、意外にも派手なドレスでも見慣れた服でもなく、白いローブに身を固めたセティであった。
緑の髪は普段通りに短く切り揃えられているし、背丈もいつものままだ。
紛れもなく、男だ。
レヴィンは安堵のため息をついた。全て自分の杞憂に過ぎなかった事を幸いに思い、妙に爽やかな気分で挨拶の声を掛けようとした。
――その時、
「おはようございます、お母様」
2人の娘が声を揃えて言った。
(・・・蚊、亞、鎖、魔??)
耳が悪くなったものだ、とレヴィンは自分を誤魔化してなんとか平静を保つと、笑みさえ作ってみせた。
「おはよう」
セティは二人にそう言ってから殊更ゆっくり席に着くと、レヴィンに向かって微笑みかけた。
「おはようございます、アナタ」
レヴィンはそれきり灰となった。
なんとか食事を取ったものの、何を食べたのかすら満足に思い出せない有様であった。



***


さて、王たる者、そんな些細な(?)ことにショックを受けている事は周りが許すわけもなく(というか周囲にとっては当たり前のことなのだし)、レヴィンにはこなすべき執務が際限なく待っていた。
レヴィンもようやくショック状態からは抜け出たものの、未だ納得がいかぬまませっせと仕事に精を出した。寧ろ仕事をしてでも目の前の悪夢から逃れたかった。
”娘”かもしれないとまで想像を豊かにして、おぞましくも女装姿を想像さえして身構えていたと言うのに。
”妻”とは全くダークホースだった。
確かにフュリーが娘である以上、妻のポジションは空席になってしまうわけだけれども、頭のどこかでこの思考を拒否していたのかもしれない。
何はともあれ、朝の強気な気分も空しく、レヴィンはすっかり精魂吸い取られてしまっていた。
別段何をされたと言うわけでもないが、とにかくレヴィンはセティに対してナイーブになっていた。
妻。しかも見た目は男のままだ。
悪夢としかいいようがない状況で、レヴィンはそれを忘れようとしきりに仕事に打ち込んだ。
自分でも感心してしまう程馬車馬のように働くレヴィンに対して、家臣たちは実に嬉しそうだった。
珍しいと驚く者も多い事から、普段のレヴィンの様子が伺えるのだが、その辺りは敢えて気にしない。あっという間に日は暮れて、夕食後も娘達を捕まえては談笑に興じて、セティとの接触を極力抑えたままに無事1日を終えようとしていた。
夜もすっかり更けた頃、レヴィンは自室に戻った。後はただ眠りについて何事もなく一日を終える筈だった。だが、
「レヴィン様」
突然背後から呼びかけられ、びくりとして振り返った。
どこに潜んでいた、などと聞くのは愚問だろう。
「セティ・・・?」
「随分遅くまで娘達と語らっていたのですね」
セティの声が冷たいのは気のせいだけではない筈だ。
「いや・・・そうか?」
眠そうな2人を最後は半ば無理矢理引き止めて、フィーには嫌な顔さえされていたが、レヴィンは曖昧に笑みを浮かべてセティの追求を避けた。
「今日は昼間も忙しそうで、なかなかお話も出来なかったから、ずっと待ってましたのに」
レヴィンは乾いた声で悪い、と言うとごくりと唾を飲み込む。
よくよく見れば、セティは朝とは打って変わって薄い布1枚を身に纏って、妖艶な雰囲気さえ漂わせていた。そして彼からは何やらひどく甘い香りがする。
「レヴィン様」
肩に手が乗せられてレヴィンは一気に硬直した。
「戻られるのを、待ってました」
セティの手は肩から移動しレヴィンの首元のボタンを外して寛げた。
「セティ。オイ、何を・・・!?」
「レヴィン様が今日は頑張っていらしたと皆に聞きました」
嬉しそうににこりと微笑んだセティに、レヴィンは自分の仕事をぶりを伝えた家臣を密やかに恨んだ。
「私も、しっかりお勤めを・・・」
セティはするりと胸元の合わせ目から手を差し入れ、素肌に触れた。
「待て!!」
(お勤め・・・??)
最早次に起こる事を想像さえ出来ない程思考はショート寸前だった。
「セティ、悪い」
レヴィンは力任せにセティを押しのけたが、結果的にベッドに押し倒す格好になる。
一瞬こうすれば形勢的に優位にだろうと思ったのだけれど、そんなレヴィンはまだまだ甘かった。
セティのほうはレヴィンがその気になったのだと思い、首に手を回してきた。
自然に顔が近づく。
微笑みはいつもの多分に冷気を含んだものではなく、嫣然としたもの。
甘い香りが思考を奪う。
どこまでも甘く、甘く。
思わず、流されそうになる。
(落ち着けっ!!)
問題は男だとか、息子だとかそんなことではなく(いや、それも大分問題なのだが)、とどのつまりは相手がこのセティだと言う事だ。どうしてもこの場から逃げなければ、と本能で感じた。
「おいっ・・・・!」
レヴィンはそのままセティの上から飛び退いたが、慌てていたせいでバランスを崩す。
ドン、と派手な音を立ててレヴィンはベットから転げ落ちた。



+++


「あたたた・・・・」
生まれて始めて、こんな見事にベッドから落ちた。
痛い。だが、痛みがあるという事は即ち、あの悪夢から醒めたという事だ。
床から見上げた粗末なベットは、自分がシレジア王宮ではなく、未だ解放軍とともに戦場下にある事を思い出させた。
起き上がりベッドに誰もいない事を確認すると、レヴィンは漸く落ち着いて息を吸った。
窓の外がまだ暗いのを見て、もう一眠りしようとベッドに戻る。
このままではあまりに夢見が悪い。
もう一度なんとか寝直さばなるまい。
固く瞳を閉じる。
ベッドからあの甘い香りがするような気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせて、起きたら全てを忘れているようにと祈った。






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ごめんなさい、出来心です。
うちの黒セティは大変不評だろうと思っていたのですが、面白いとのご意見を頂いてしまい調子に乗ってUPしました。
しかし今回はセティ様別に何もしてません。
レヴィンがひたすらに弱い話。レヴィンファンの方、すみません。

 


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