はこの手をすり抜けて -5-





 
 どうしてあんな事言ったのかしら。  ラケシスは自らに呆れながら手にしたクッションに顔を埋めた。
 フィンにとってはどうでも良いことかも知れないのにわざわざ来てくれて、それなのにあんな言い方でまた追い返してしまうなんて。
 謝ろうと思ったのだ。会うまでは確かに謝ろうと心に誓い、実際謝ることも出来たのに…余計なことまで言ってしまった。自分の気持ちを押しつけるつもりはないのに、フィンを前にするとどうしてもうまくいかない。
 もしかしたらフィンは今頃もうラケシスの事なんて気にしてはいないかも知れないのに、自分だけがこんなに悩んでいるのさえ腹が立つ。

 我侭だわ。私が勝手に好きなだけなのに。

 ラケシスは勿論、どうしてこういう事になったのだろう、と今頃フィンが頭を抱えていることは知らない。




 おおよそ彼は自分の主君の為以外にこんなに悩んだ事はなかった。
 特に殊女性に関しては皆無といっていい。常に会う女性と言ったらエスリンくらいのものだし、主の付き添いで気難しいお嬢様に会うこともあったが、さほど親しくなる訳でもなく問題なくやってきた。

『私は寂しいと思ったのに、貴方は平気なんだもの!』

 意味が分からない。兄が死んで彼女はずっと寂しい思いをしていたが、フィンが平気だというのはどういう事だろう。そりゃあエルトシャンとはそれほど面識があるわけではないから、彼女の寂しさなんて理解できないけれど。でも、そんな事で怒るのだろうか。
 
「うわっ、…と」

 考えながら歩いていたせいだろう。躓きかけて手にしていた沢山の剣や槍を慌てて抱き込んだ。

「フィン、危ないぞ」
「あ、キュアン様 。すみません。新しい武器の数は確認終わりました」

 今運んでますと言うとフィンはまた歩き出す。
 後ろ姿を眺めている分には大丈夫だと思ってキュアンが後ろを向いた瞬間、背後でまた小さな呻き声がした。

「おかしいぞ、お前」

 どうしたんだ、と自分が訊くのは白々しい気がしてしまったが、キュアンは一応言ってみた。
 なんでもないです、という声と謝罪しか返ってこなかったが。
 


+++




 普通に部屋を訪れても追い返されるのがオチだと考えた。だから食堂へ行きラケシスの夕食が終わるのを見計らって話をする。フィンとしては散々考えた結果の案だった。
 名案だとは思わないが、これ以上悶々と悩んでも周りに迷惑がかかるばかりと思い切って実行に移した。

「ラケシス様、お話があります」

 ラケシスは困ったような顔をしたが、周りの様子を気にしてえぇ、と大人しく頷いた。
 ラケシスはだが、食堂を出ると話なんてないと叫んでとさっと身を翻す。
 その腕をフィンは強引に掴んだ。

 人気のない井戸の側へ行き、フィンは強引にお連れしてすみませんと謝った。だが、実際ああでもされないとラケシスは逃げ出していただろう。

「考えたんですけど…」

 ラケシスは腕を掴まれたままで仕方なく聞くことにする。

「ラケシス様の寂しさは私には分からないです」

 告げられた内容にラケシスは大きく溜息を付いた。それは聞きたかった言葉ではない。

「私はエルトシャン様の事はそれほど知らないし、大切なキュアン様やエスリン様も元気で、お側にお仕えすることも出来ている。貴女の悲しみが本当に分かるとは言えないです」

 ラケシスは口を開こうとしたが、言葉が見つからなかった。

「でも、ラケシス様が悲しみを乗り越えて心から笑えるようになれば良いと心から思います。もし私を見ていると気に障るならもう側には行きませんから」

 だから笑って下さい、とフィンは言った。どこか儚げなその顔を見てラケシスはカッと頭に血が昇る気がした。

「兄様の事なんかじゃない!」

 何処まで馬鹿なの、と思わず口に出してしまいそうになる。

「え?」
「もう今までみたいに槍を教わることもないし、守ってもらうこともないの」
「あの…」
「貴方の事よ!」

 大きく叫んでしまい、ラケシスは恥ずかしさに俯き耳を赤く染めた。

「私とは会えなくなる訳じゃないです」
「そうだけど。だって貴方は忠義に厚いから、私の事なんて構ってられないわ」
 
 僅かに上目遣いでそういうラケシスにフィンは目を瞠って、小さく息を飲んだ。

「たとえラケシス様がマスターナイトになっても、危ないときはお守りします」

 そう言うとフィンは腕を掴んだままな事に気付いて慌てて手を離した。

「無理にそんな事言わないで。貴方が真面目なのは知ってるから」
「そんなことないです。今日は1日ボーっとして、キュアン様にもおかしいと気付かれてしまいました」

 情けないです、とフィンは軽く笑う。
 ラケシスは離された腕にまだ熱が残っているような気がしてもう一方の手でそれを抑えた。
 もし自分の事で悩んでくれたのなら、嬉しいと思ってしまうのは愚かだろうか。

「貴方の心に少しでも入れたらいいのに」

 どことなく寂しそうなラケシスの声に、そんな必要ないですとフィンは優しく囁いた。

「これ以上私に貴女を灼き付けないで下さい」




+++




「…で、その後どうなったんだ?」
『知らん。俺は出歯亀じゃない』

 散々やっといてよく言うとキュアンは思ったが、口には出さずにいた。
 取り敢えずあの二人はうまく仲直りはしたようだと安心する。

「まだ時間はかかりそうだな」
『そう簡単に大事な妹をやれるか』
  
 そうはいうもののエルトシャンの口調はいつにもまして穏やかだった。

『俺はそろそろ行かねばならないらしい』

 静かに告げるエルトシャンにキュアンはそうか、とだけ答えた。

「もっと見ていたいだろうに、残念だな」
『アイツを見るのもいい加減疲れた。後はおまえに任せる』

 任せられても困るとキュアンは応じたがエルトシャンは取り合おうともしなかった。
 仕方なくキュアンは2つのグラスを用意するとそれにワインを注いだ。

『俺が乾杯したい気分だと思うか?』
「そう言うな。可愛い妹のためだろ」
『…おまえの可愛い部下のためだろ』
 
 皮肉を返すエルトシャンにキュアンはやれやれと溜息を付いた。

「妹なんていつかは手を離れていくものさ」
『おまえの娘が嫁に行く時そう言えたら信じてやる』
 
 まだ幼いアルテナを思い出して真剣に考えた。確かに、手放しで喜べる物ではない。

「じゃぁ、こういうのはどうだ」


「―俺達の類稀な再会に」 


 キュアンは2つのグラスを掲げてカチンと鳴らした。

『もう一度、おまえに会えて良かった』
「俺もだ」

 闇色の液体を口に含むと、耳元で囁くように声が聞こえた。
 
『ラケシスを頼む、と伝えてくれ』

 それきり頭の中に静寂が戻った。
 最後まで妹思いな奴だった、とその言葉に苦笑を浮かべる。
 キュアンはもう一度2つのグラスを合わせた。
 
 ―親友の新たな旅立ちに。




 
† END †



終わりました〜。
なんだか良く分からず、結局誰が主役なんだって話ですけどご勘弁下さいませ。
エルトシャンあまり役には立たなかったですね。これじゃぁただのストー○ーと変わらないんじゃ…って嘘です嘘です。ホント妹思いの方でした。書いてる私ははとても楽しかったです。
この後におまけがありますが、爽やかに終わりたい人はここでやめることをお勧めします。


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