「私、マスターナイトになろうと思うの」 お茶を飲みながらラケシスはフィンに打ち明けた。 「それはすごいですね」 「でね、フィンにお願いがあるの」 『お願い?』 いつも通りベッドに腰掛けて話を聞いていたエルトシャンはぴくりと動いた。 「何でしょうか?」 「私に槍を教えてもらえないかしら。マスターナイトになったら何でも使えなきゃならないでしょう。でも私、槍なんて全然使ったことないの」 フィンはクッキーを口に運んでいた手を止めて約3秒間硬直した。その反応にラケシスは眉を顰める。 「嫌なの?」 「と、とんでもない。私なんかまだまだ未熟で。槍ならキュアン様に頼んだ方が…」 「私はフィンがいいの」 ラケシスはそう言って微笑んだ。 『ラケシス。そういう言い方は誤解を招くぞ』 エルトシャンが横から忠告をするが、肝心のフィンは特に誤解した様子もなくにっこりと微笑みを返した。 「分かりました。私でよければいくらでも力になります」 「ありがとう。嬉しいわ」 「それくらい何でもないです。いくらラケシス様でもやっぱりキュアン様相手じゃ気を使いますよね…。」 「『え?』」 ラケシスとエルトシャンはほぼ同時に声を上げた。 キュアンの夢に初めて入ってから数週間。 エルトシャンは毎日ラケシスを慰めようとやってくる男共を撃退するのに奮闘していた。霊の生活にも慣れたのか、物理的に関与することも僅かながら可能になり、話しかけようとする者を躓かせることなど序の口。親切心で花を持ってきたデューを強制的にワープしたりと、エルトシャンのやり方はだんだん手荒になっていた。 無論フィンにも色々な苦難があったのは言うまでもない。ラケシスが皆と食事を取るようになりフィンが食事を運ぶことは無くなったが、ラケシスとフィンの些細なお茶会は稀に続けられていた。これでもかと邪魔をしていたが、ラケシスは予想以上に楽しみにしていたらしく、フィンがエルトシャンの策略で忙しそうに走り回っているとその様子を寂しそうに見ていた。ラケシスを悲しませたくないエルトシャンは、仕方なくフィンのお茶だけは歯痒い思いをしながらもそのやりとりを見張ることにしたのだった。 だが甘かった。マスターナイト昇格に備えてラケシスはフィンに頻繁に稽古を受けるようになり、二人はエルトシャンの予想以上に接触する事になってしまった。ラケシスが自ら頼んだ経緯を知っているだけに、フィンが邪な気持ちでラケシスに近づいた訳ではないことはわかる。寧ろ彼は理由なくべたべたとラケシスに近寄ることはない。それはエルトシャンにとっては好ましいことである筈だったのに、それが故にエルトシャンは苦悶していた。 『キュアン!』 今日も今日とてエルトシャンはキュアンの夢に入り込むなり吠え立てた。 「エルトシャン。今日は何だ」 エルトシャンの存在に気付いてやれるのはキュアンしかいないようで、彼がほぼ毎晩意識に入り込んでくるのをキュアンは仕方なく受け入れていた。たまにはは静かに寝させてくれよ、と言いたいキュアンだったが、エルトシャンの剣幕を見ると溜息を一つついて話を聞く体勢になる。 『全くあの男は!』 エルトシャンは『本日のラケシス』をキュアンに報告し始めた。 本日の稽古を終えたラケシスは、側の木に寄り掛かるとそのまま木陰に座り込んだ。 「さすがですね。上達が早くてビックリしますよ」 そう言ってフィンも汗を拭きながら木陰へと歩いてきた。 「フィンの教え方がいいのよ」 「そんなことはありません。弓だって杖だってだいぶ上達したと聞きました。ラケシス様は本当によく頑張っていらしゃいます」 「だって…私には、それくらいしか出来ないもの」 ラケシスの声が小さくなり俯いてしまいそうになったが、フィンは軽く微笑んで「きっと喜ばれますよ」と言った。「誰が」とも「何を」とも言わなかったが、ラケシスは頷くと嬉しそうに顔を綻ばせた。 「そう言ってくれると頑張り甲斐があるわ。これからもよろしくね」 「はい。でもこの調子じゃあ、もうじき私が教える事なんてなくなってしまいますね」 「え…」 ラケシスはそう呟くとそれきり表情を消して黙ってしまったので、フィンは何か気に障ることを言ってしまったかと心配しだした。 「…フィン。私がマスターナイトになれたら、貴方は喜んでくれるかしら」 「勿論です」 唐突に真妙な面持ちで尋ねられたのでフィンも真面目な顔で答えた。 「そうですね。パーティでも開いて皆でお祝いしましょうか」 「そんな大袈裟にしなくていいのよ。二人でささやかなお祝いをしましょう。私、貴方に何かお礼がしたいの」 「お礼なんて結構ですよ。大したことはしてません」 「…やっぱりダメかしら」 フィンの反応が良くなかったせいかラケシスは肩を落とした。 『おい、フィン。その態度は何だ。ラケシスと二人じゃ嫌だとでもいうのか?!』 ここまでは大人しく見ていたエルトシャンも溜まらず声を上げた。 「ダメというか…。ラケシス様がそうしたいならいいのですけど。でも二人だけでは寂しいかと思いまして」 「…フィンは私と二人じゃ不満?」 「いえ、不満なんてとんでもない。でもどうして…」 「フィンは槍を教えてくれたでしょ」 「…確かに。そうですか、わかりました」 フィンは真面目な顔で答えた。 短い期間だがエルトシャンはもう気付いている。どうせフィンは剣を教わったシグルドや弓を教えてくれたジャムカやなどにもラケシスがお礼をするのだと思ったに違いない。確かにお礼はするかも知れない。だが、何かおかしいと少しは思わないのだろうか。 「除け者にするとキュアン様が拗ねますね」というフィンの呟きが聞こえ、エルトシャンは頭痛すら覚えてきた。ラケシスには聞こえなかったようなのは幸いだ。 二人の横でエルトシャンは一人悶絶した。 これは違う。何か違う。 ふと以前のキュアンの言った言葉がエルトシャンの脳裏に浮かぶ。 『あいつはたとえ女性が誘ってたって気付かないような奴なんだ』 あぁ、キュアン。 さすがおまえだ。 まさにその通りだったとも。 ……というか、何なんだこの男は!! 『…と言うわけだ』 「あぁ…」 意気込んで話すあまりにぜーぜーと息を切らしているエルトシャンとは対照的に、眠そうな顔のキュアンはかろうじて頷いた。 『ちゃんと聞いてるのか?』 「聞いてるとも。で、何が言いたい?」 『あいつを何とかしろ。あれではラケシスがかわいそうだ』 「何とかっていってもなぁ。結局は本人の問題だし」 『おまえ、親友の頼みが聞けんのか?』 「親友ならゲーム中に会話くらいしてくれよ。おかげでプレイヤーには本当に親友か、とか言われているんだぞ」 『そういう話は厳禁だろ。とにかく今はフィンだ』 「そうやって誤魔かす。フィンをどうしろって言うんだ?」 『ラケシスの好意くらい気付かせろ』 「おまえ…。今まで散々ラケシスに言い寄る男共を邪魔しまくってたじゃないか。今回のはそういう主義に反すると思うぞ」 『気付いていたか』 「当たり前だ。皆は不思議な現象だとか言ってたが、俺にはすぐわかったぞ」 『とにかく状況が違うのだ。だいたいラケシスは「お兄様のような人でないと」なんて言っておきながら、何であんな奴に!』 「お兄様のような人…か」 キュアンは腕を組んでしばし考える。 フィンは金髪でもなければ剣を使うわけでもないし、おまけに女にはもてまくってたエルトシャンとは打って変わって女っ気がない。 「強いて言えば、真面目で忠義を重んじてるところかな」 『オイ、俺はあんなに融通がきかなくはないぞ!』 「どうだかな。ま、エルトシャンは女の扱いは慣れてたからなぁ…」 エルトシャンも真面目なのは認めるが、女心にはわりと敏感だった…と思う。少なくともあの朴念仁とは比較されたくない。 「にしても…放っておけばうまく行きそうにないのにどうにかしろだなんて。いいのか、エルトシャン?」 『……』 (本当にいいのか…?) あんなに邪魔してたのに自分はどうしたというのだろう。ラケシスのためにはどうしたらいいのか、エルトシャン頭を抱えた。 ::: to be continued ::: エルトとキュアンの掛け合いは書いてて楽しいです。 しかし、どうもフィンもボケっぽいので一体誰が締めるのでしょう。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||