解放軍の朝は早い。 食事係りの者達がパタパタと動き回る音でラナは目を覚ました。 見慣れない天井に気が付いて当たりを見回す。夕べは怪我人の世話をしていたが、結局そのまま医務室のベッドで寝てしまったようだ。 睡眠は足りているが衣服はボサボサであるから、一度部屋へ戻らない事には1日が始まらない。ラナは早足で自室へと向かった。 カチャリ。 同室のラクチェはまだ寝ているだろうから、静かにノブを回して部屋の扉を開いた。 着替えの入った荷物はベッドの側の椅子に乗せてある。ラナはそっとそこまで移動してふとベッドへ目をやった。 (なんか・・・変じゃない?) 微妙に違和感を感じた。 ベッドは片方のみが使用されており、その片方からは毛布に潜り込んでいるため黒髪だけがはみ出しているのが見える。 それはいいとして、ベッドの中のふくらみは明らかに1人の人間が寝ているというには不自然な塊。 つまり、もう1人お客人が寝ているようなのである。 ラナは起こさないように静かに荷物を取ると後退したが、荷物が側のテーブルにぶつかってカタンと音を立てた。 「・・・ん」 物音に反応して布団の中の人物は小さく呻いて身じろぐ。 その声はラクチェのものではなく、どうしたって男のもの。 (・・・!!ラクチェが?) てっきりパティでも遊びに来たのかと思っていたラナは驚いてベッドを凝視した。いくら同室のラナが居ないからと言って、ラクチェが男を連れ込むとは考えもしなかったのだ。 (取り敢えず出なきゃ) 些かのショックを受けつつも慌ててそう思ったのだが、幸いにして布団の中の人物は目を覚ました様子もなくそれきり毛布の中の動きは止まった。しばらく息を殺して立ちすくんでいたラナだが、次第にこんな相部屋に堂々と押しかけてあまつさえ眠りこけてる人物を知りたいと言う興味に駆られ始めた。 (シャナン様とか・・・?) ラクチェが親しいと相手、と考えて黒髪の若者が思い浮かんだ。しかしシャナンにしてはやり方がスマートじゃない気もするから、他に考えられる人物といえばドズルの兄弟とか。意外ともてるラクチェだから、もしかしてラナのよく知らない新兵かも知れない。考えれば考えるほどラナの好奇心は膨んでいく。 ラナはそっとベッドに近づくと毛布に手を伸ばした。 毛布の端をそのまま静かに持ち上げて捲る。 (・・・・・・!!) ラクチェのものだと思っていた黒髪は別の人物のものであることを知る。 現れたのは全く予想外の人物で、ラナはしばし絶句した。 朝の食堂。 今日は出陣の予定はないから、比較的穏やかな空気が流れている。 だが、そんな長閑な室内の一部に何故か殺気がみなぎっていた。 静かに、だけどはっきりとした殺気は2人の男から発せられている。 ヨハンとヨハルヴァ。 腕組みをして椅子に座り、じきやってくる獲物をじっと待っていつが如くに見えた。 彼等の目はさながら包丁を研ぐ山姥のそれを思い起こさせる。 「おはよう」 爽やかに入ってきたラクチェにより場の殺気は少し収まった。 「オッス」 「おぉ、ラクチェ。今日も君は美しい」 彼等はいつもの調子で挨拶をしたが、後ろに続く人物に気が付くとすぐに鋭い視線を向けた。 「ス〜カ〜サ〜ハ〜」 「おはよ・・・え?」 スカサハもいつも通りに挨拶をしようとし、さすがに2人の異変に気付いた。 明らさまに2人の目は血走っていたのだ。 「お前・・・許さんぞ」 「おのれ・・・愛しいラクチェを・・・」 ヨハンとヨハンヴァいつの間にか斧を手にしてスカサハへとにじり寄った。 「え?・・・おい。一体どうしたんだ?」 2人の只ならぬ気迫に圧倒されてスカサハは数歩後退した。 「「問答無用」」 めずらしくばっちり呼吸があった掛け声と共に、ドズル兄弟はスカサハへと襲い掛かった。 スカサハは慌てて避けたがここは食堂。 大の男2人が斧を振り回せる場所ではない。スカサハは急いで室外へと走り出した。 「おはよ」 駆け出して行った3人を呆然と見送っているラクチェにラナが声を掛けた。 「おはよう。朝から何?」 「何って・・・それは私が聞きたいわよ」 まだ寝呆け眼のラクチェは聞きたいって何がと呟くと、食事のトレイを持って来てラナの向かいに腰をかけた。 「一体全体どういう経緯で一緒に寝てたの?」 「ゴボッ!」 ラクチェは飲みかけていたミルクを吹き出しそうになるのをなんとか堪えて咽こんだ。 「ラナ、戻って来たの?」 同室なんだから戻っても当然なのだけれど、ラクチェはさっぱり気が付かなかった。 「んー、夕べちょっと剣の素振りしてただけなんだけどね」 「で、何でスカサハが?」 「早く寝ろってスカサハに連れてこられて、後は・・・まぁナリユキで」 (成り行きで・・・手なんか繋いで寝てるワケね) 実際見たのは一瞬だったけれど、ラナの目はしっかりばっちり見てしまっていた。 「もしかしてそれ、あいつらに言ったの?」 先程のヨハンとヨハルヴァの様子を思い出してラクチェは尋ねた。 「そ。吃驚したんでついうっかりセリス様に話したのを聞かれちゃってね」 「なんか妙に殺気立ってたわよね。仕方ないから助けてくるかな」 「あら、優しいのね」 「そう?夕べ励まされたカリがあるからね」 「夕べって、何かあったの?」 昨日ラクチェを励まさねばならないような事に心当たりはなくラナは尋ねた。 「大した事じゃないんだけど」 ラクチェは苦笑を浮かべて言葉を濁した。いつも元気で強いラクチェが本当はそればっかりな訳じゃない事くらいラナだってわかってる。ただ、勝気で意地っ張りなラクチェはそれをあまり表に出す事をヨシとしていない。 それはごく親しいラナにさえも。 (確かにそれは簡単に他人に入り込める領域じゃないけど) 少し寂しく思いながら、そんな領域にさえ入れてしまう男の顔を思い浮かべた。 「大丈夫。スカサハならあの2人にはやられないでしょ」 「それもそうね」 ラクチェは納得したのか、スプーンを手にして朝食を取り始めた。 その様子にラナは微笑を浮かべる。 普段は頼りないだの何だの言っているくせに、結局誰よりも彼を信用しているのはこの素直でない友人なのだろう。 「双子って皆こうなのかな」 ラナにも兄が居るけれども、この兄妹の絆とはちょっと違う気がして思わず口に出してしまった。 「え、何か言った?」 「ううん。なんでもない」 小首を傾げるラクチェにラナは微笑で答えた。 一方その頃。 「わー、落ち着け!!」 「これが落ち着いていられるかっ」 スカサハは2人のコンビネーションによって行き止まりへと追い込まれていた。 「だから。何を聞いたか知らないが、俺はただ寝てただけだ」 「うるさい。それだけで万死に値する!」 「待てっ、斧はやめろっ」 戦闘能力で2人に劣るスカサハではないが、仲間である以上本気で剣を向けられない。 結局、スカサハはしっかりと2人の制裁を受けたのだった。
いっしょ。でオチがないと言っていたら、ヨハヨハ兄弟にシメられると言うステキな提案を頂いて書きました。
最初はそのつもりで書いたものの、スカサハさほど悲惨な目にはあってないような。 結局私はスカサハ好きなのですね…。 |
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